その即興ジェスチャーゲームの中で、カラスなら、その鳴き声を真似し、それがオノマトペのような言語に連なっていくという筋道も考えられるのではないかと私は思っています。
というわけで、オノマトペは、言語の起源になんらかの関わりを持っている可能性があると、私は考えています。
では、オノマトペの史的推移から、「文化史を明らかにする」ことができるというテーマに移ります。本稿では、動物たちの鳴き声を写す擬音語の歴史的な変化についての私の研究結果を例にして、このことを述べてみます。
犬の鳴き声を例にしてみます。犬の鳴き声は「わんわん」。現代人は、犬の声は、いつの時代も「わんわん」に決まっているといつの間にか思い込んでいます。
ところが、かくも自明の犬の声「わんわん」は、たかだか江戸時代の初め頃までしか遡れません。私が調べた文献で最も古い「わんわん」の例は、江戸初期の狂言台本「犬山伏」にあるものです。呪術には自信のあるはずの山伏が、祈れば祈るほど犬に吠えられてしまうという内容の狂言ですが、そこに、犬の鳴き声「わんわん」が出てきます。江戸時代以前には、「わんわん」と記された犬の声が見あたりません。一体、どうしたことでしょうか?
犬は「わん」と鳴いていなかった?
犬の鳴き声の歴史をたどる
犬の声を写す古い文献を求めて時代を遡っていきますと、平安時代後期成立の『大鏡』に辿りつきました。『大鏡』にこんな話が載っています。清範律師という説教の名人がいた。愛犬の法事を依頼され、その席で彼は言った、
「ただいまや過去聖霊は、蓮台の上にてひよと吠え給ふらん。」(『大鏡』道長下)(=「この世を去った犬の霊は、いまごろ極楽浄土の蓮の台の上で、『ひよ』と吠えていらっしゃるだろう。」)
聴衆は、どっと笑い、才気あふれる説教ぶりは、ますます有名になったという話。
犬の鳴き声は、「ひよ」と写されています。うーん、信じられない。極楽浄土に行った犬だから「ひよ」なのかしら?「ひよ」なんて、まるで雛鳥とかヒヨドリの声みたいです。どの注釈書を見ても、「犬の声か、不明」と書かれているのです。オノマトペ研究が、ほとんどなされていない状態でしたから、自分で調べるしかありません。







