というわけで、犬の鳴き声の歴史をたどっていくと、犬と人間の関係が見えてくる。放し飼いであった環境から、家犬として綱を付けて飼うという関係です。つまり、日本の文化史が、明らかになってくるんです。
犬のほかに鳴き声表現から
人間との距離の変化がわかる動物
いろんな動物の鳴き声を写す言葉の歴史を丹念にたどっていくと、人間と動物たちの関係を映し出す文化史が明らかになってきます。たとえば、フクロウの声。私たち現代人はフクロウの声を「ホーホー」としか写しませんが、江戸時代ではフクロウの声を天気予報の声と聴いていたんですね。
「ホーホーノリスリオケ」と聞こえると、明日は晴れ、「ホーホーノリトリオケ」と聞こえると、明日は雨と考えていた。江戸時代は、着物ですから、洗い張り(=着物を解いて洗い、糊付けをして板などに張って干す)をします。「ホーホー糊をすっておきなさい」と聞こえることは、明日は晴れで洗濯日和ですよ。「ホーホー糊をとっておきなさい」と聞こえることは雨ですよというわけです。フクロウと人間がものすごく密着して生活していたことが明らかになる(注2)。つまり文化史が浮かび上がってくる!
こうした鳥の声や獣の声を写す擬音語の歴史を明らかにし、文化史を浮かび上がらせようとした本を私は書いています。『ちんちん千鳥のなく声は――日本人が聴いた鳥の声――』(大修館書店)と、『犬は「びよ」と鳴いていた――日本語は擬音語・擬態語が面白い――』(光文社)です。それら2冊の本は、『山口仲美著作集』巻六(風間書房)に収録されています。興味を持ってくださった方は、ぜひ目を通してみてください。
(注2)…山口仲美「糊すりおけとよぶ声に――フクロウ――」(『ちんちん千鳥のなく声は――日本人が聴いた鳥の声――』大修館書店、1989年4月)








