93日間の介護休業期間が終了した後、斎藤さんは有給休暇を消化しながら父親を受け入れてくれる施設を探し回ります。しかし、認知症の行動・心理症状(BPSD)が重い正雄さんを受け入れてくれる施設は見つからず、空きがあっても高額な入居一時金が必要なところばかりです。

 勤務先からは「いつ復帰できるのか」と問い合わせが来るようになり、斎藤さんの視野に「介護離職」という四文字がちらつきはじめます。しかしそれは、家計の崩壊につながることはまちがいありません。

「もっと早く施設入所を決断していれば、こんなことにはならなかったかもしれません」と斎藤さんは悔やみます。「介護休業制度は自分で親の介護をするためではなく、親の介護体制を整えるための時間……つまり、施設介護に舵を取る準備期間だと理解すべきでした」

介護休業制度の本来の目的とは?

 斎藤さんの悲劇は、なぜ起きたのでしょう。彼はどこで選択を間違えたのでしょうか。介護休業制度を使ったのに、なぜ彼は救われなかったのでしょう。そもそも、企業が提供すべき「支援」とは一体何だったのでしょうか?

 このケースから学ぶべき教訓は明確です。介護休業制度の本来の目的は、自ら介護を担うことではなく、介護体制を整えるための時間確保にあります。特に認知症の親の介護は、認知症専門医による医療を含めた対応を前提とすべきであり、家族の役割は適切な介護サービスや施設を選択することにあります。

 会社の人事担当者や提携先の福祉専門職には、従業員に対して「親を施設に入れることは放棄ではなく、最善の愛情表現である」というメッセージを伝える責任と、相談者の心理的ハードルを下げるためのカウンセリングスキルを持つことが求められます。

 同時に、老親世代も現役世代も、介護にかかわる「無知」を自覚し、「先送り」を改めなければなりません。

 無知を自覚して知るべきこととは、介護と仕事の両立を実現するためには、家庭とキャリアに小さくない支障が出るということ。そして、在宅介護よりも施設介護のほうがはるかに安心・安全・快適であり、子どもたちが稼働する見えないコスト(シャドーコスト)も含めてトータルで考えれば、コストも断然安いことです。

 先送りとは、遅くとも子が50歳になった時点で、「仮に自分に介護が必要となった場合には、間違っても自ら介護に携わらず、速やかに施設に入れてほしい」とわが子に宣言しておくこと。

 これが欠落していたことが、斎藤さん父子が失敗した最大の要因です。

 斎藤さんのようなケースは、今やまったく珍しくありません。多くのビジネスパーソンに訪れる可能性が高い、「ありふれた悲劇」です。賢明な読者のみなさんには、斎藤さんのような悲劇に陥らないためにも、介護休業制度の本当の使い方や在宅家族介護の限界と、その先にある選択肢を知っていただきたいと思います。

 そして何より、親の介護という問題を情緒的・感情的に考えないでください。合理的・理性的に判断する目を持っていなければならないということを、心に刻んでおいてほしいと願います。