成瀬は誰のどんな言動も否定しない。成瀬自身に信条はあるが、他人に何かを押し付けない。どんな人間に対しても必ず「一理ある」「たいしたものだ」という態度を取り続ける。長所を見つけ、きわめて簡潔に言語化してくれる。

 要するに、どんな「ファン」もありのままを尊重して全肯定してくれる、最高の推しなのだ。超がつくほどの神対応である。

正論でガン詰めされたくない現代人

 令和の自己責任社会は、あらゆる個人にTo Doを迫り、焦らせる。「成長しなければ置いていかれる」「20代のうちにこれだけはやっておけ」「知らなければ損する10のこと」

 我々は、そういうことに、もうウンザリなのだ。

 あれをやれ、これをやれなんて、いい加減言われたくない。ビジネスインフルエンサーだかなんだか知らないが、赤の他人から「あなた自身が変わらなければ、道は開けない」などと説教されたくない。緻密な言語化の暴力を受けたくない。正論でガン詰めなどされたくない。

 そこにきて成瀬は、「変われ」などとは一言も言わない。そのままでいいと、最小限の言葉で肯定してくれる。何もしなくていいし、変わらなくていい。それでいて、我々は無敵の成瀬が快進撃する状況をずっと見守っていられる。

 実に楽ちんだ。

 とてつもない安楽をもたらしてくれる、極上ソファのような小説。それが成瀬シリーズだったのだ。

コスパ・タイパ志向からの揺り戻し

 成瀬はまた、ここ数年のトレンドであるコスパ・タイパ志向からもっとも遠いところに立っている。

 成瀬は西武大津店の閉店日まで毎日ライオンズユニフォームを着て通ったり、けん玉を極めたり、友人とお笑いコンビを組んでM-1の予選に出たりする。高校からの下校ついでに町内をパトロールしたり、びわ湖大津観光大使になって精力的に地元をPRしたりする。どれも好奇心と興味本位と地元愛から来る、見ていて気持ちいい活動だ。

 しかし一方、どの活動も、成瀬が受験や就職で有利になったり、キャリアの助けになったり、年収アップに寄与したり、ビジネス人脈を広げる役に立ったりはしない。仮に寄与するにしても、あまりに遠回りすぎるし、効率が悪すぎる。