車座になって体験を語り合う。悲しみを安心して吐露できる。「普段は水中に潜って息をつめていて、ここで水面に顔を上げて空気を求める感じ」だという。同じ悲しみの世界を生きている人たちは「悲しみの共同体」とも「別の形の家族」とも思える。

 弓弦さんは大学で宗教学の島薗進教授(当時)に学びたいと志望していた。それを島薗教授に伝え、追悼集に文章を寄せてもらった。

 その後、横山さんは関西学院大学大学院で死生学を学ぶことになった。大切な人を亡くした悲しみを先人たちがどうとらえてきたのか追究したかった。子どもを亡くした10人にインタビューし、19年に修士論文を書き上げた。

『喪の旅 愛しい人に出会い直す』書影『喪の旅 愛しい人に出会い直す』(河合真美江、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 上智大学グリーフケア研究所の講座にも参加して学びを深めた。いま、グリーフケアの実践を非常勤講師として話す側になっている。

 大切な人を亡くし、世界でひとりぼっちになったような感覚に陥る。そんな時、同じ体験をした者がつながることが人生を支えていくのではないか。

 書くことの意味も感じる。横山さんはドナウ川に行った時から日記を書いてきた。いま多く書くのは息子の夢だ。「いつでもつながっているよ」というメッセージを夢から受けとっている。いつか、息子と自分の魂の物語を本にしたいと思う。

「グリーフとは愛情の裏返しなんですね。愛しているから悲しい。弓弦と出会えたのはなんて幸せなことか。私たちが交わしたもの、この人生で触れ合ったことは決してなくならない」

 いま、この気持ちを握りしめている。