新刊『組織の違和感 結局、リーダーは何を変えればいいのか?』の発売を記念して、著者の勅使川原真衣さんと、坂井風太さんとの特別対談を実施。坂井さんは勅使川原さんの著書を「すべて読んでいた」そうで、初対面のお二人とは思えぬ熱い話が繰り広げられました。(構成/ダイヤモンド社・大西志帆)

組織の違和感

*第1回はこちら

自分らしさ」なんてない

勅使川原真衣(以下、勅使川原) ちょっと第一印象をお聞きしてもいいですか? 率直に。

坂井風太(以下、坂井) そうですね。私は本から入っているので、「本当に世の中に言いたいことがいっぱいある人なんだな」と思っていました。
 ただその一方で、正直に言うと、出ているメディアによっては「引いてるな」って感じたんですよ。

勅使川原 引いてる?

坂井 なんか大人しくしているなって感じる時は正直あります。ないのか。

勅使川原 困ったなあ。観察眼がすごいなあ

坂井 あ、本当ですか。勅使川原さんらしい、はつらつとした感じで……

勅使川原 え、待って待って。いつ、はつらつだって知ったんですか?

坂井 今日とか、はつらつとしてるじゃないですか。でもそうではなく、声が奥に引いてらっしゃる時があるなとは思って。

勅使川原 ちょっともう、私のトレーナーになってもらっていいですか?
 そしてそれって実は、今回の本とつながってるかもしれない。私、人間って臓器の一部のように「能力」が備わっているわけじゃないと思ってるんです。

坂井 それですよ。

勅使川原 だから、七変化でなんぼかなって開き直らせてもらってるんですけど。

坂井 そういうことですか。

勅使川原 そういうことなんですよね。

坂井 自分らしさなんてないってことですか。

勅使川原 まあね。だから今回も、「陽気な面が引き出してもらえる相手」っていう感じですよね。

「あなたがいて私がいる」

坂井 まさにそれなんですよ。ぜひ聞きたいと思っていたのが、勅使川原さんの人間や組織に関して一番大事にしている哲学を一言で言うと何になるんだろうって。

勅使川原 そうですね、「あなたがいて私がいる」って感じです。

坂井 ああ~。あれか。ウブントゥ(編集部注:南アフリカの哲学)ですか?

勅使川原 ウブントゥ的なのでもヘーゲル的なのでもスピノザ的なのでも。

坂井 あ、僕はスピノザだと思ったんですよ。「デカルトじゃないスピノザ」をやりたいのかなと思っていました。

勅使川原 ありがとうございます。『働くということ』(集英社新書)でもスピノザについて言及させてもらったとおりです。

坂井 それは、なぜ「あなたがいて私がいる」になったんですか?

勅使川原 うーん、やっぱり先ほど突っ込んでいただいたように、私という人間すらも目の前の相手や状況によってかなり変わるので。
 それはクライアントを見ていても思いますよね。あの会議ではあんなに元気だったのにとか。あの人の前では全然喋れないとか。

坂井 それに気づいたきっかけは何かあったんでしょうか?

勅使川原 たぶん、小学6年生の時ですね。それまで「リーダーシップがあってすごい」と言われてきたのに、突然「リーダーシップがありすぎて困るので、一日、図書室にいてください」と言われたっていう事件があって。

 そこで、ああ、人の評価は当てになんないんだなっていうのと、見え方は揺れ動くものだなっていう気づきがありました。

坂井 本当にそうですよね。「リーダーシップ」とか「コミュニケーション能力」って、今回の本にあるコミュニケーションスタイルの話だし、引き出しやすい相手だったのかもしれないし、場によるかもしれないのに。「地頭が悪い」とか。何この言葉? みたいなことはずっと思ってましたけどね。

勅使川原 どこかの会社が”発明”したとかしていないとか。

坂井 私の「尺度が怪しい」っていうのは、会社入ってからまさに思いましたよね。
 1年目は「お前はザ・DeNA社員じゃない」とか「この部署で活躍しなかったらどこでも活躍できないからな」って、ずっと言われてたんですよ。明らかにモラハラなんですけど、まあモラハラって気づけないんです。

勅使川原 気づけない、気づけない。自分の能力の問題だって思ってしまいますよね。

坂井 そう。しかも、1年目だから実際それもあるわけですよ。
 でも、2年目で別の上司になったら急に評価が上がったんです。なんじゃこりゃって。

 もちろんそれなりに努力はしてたけど、それを差し引いても環境が変わればこんな人間変わるんだっていう。

勅使川原 はい!

理論をドグマにしないために

坂井 コンピテンシー評価とかも謎ですよね。「あなたはひとりで解決せず、他の人の力を借りましたよね。なので、“問題解決力”は5じゃなくて3です」みたいなことって、意味わからんと思っていて。

 問題解決って個人ではなくみんなを含めたものかもしれないのに、人間が管理しやすいもの以外は意味がないみたいな謎の風潮があって。測定主義っていうのも罠ですよね。

 自分がマネージャーとして評価する時は、自分の尺度はあくまでサーチライトとして見て、いかにこの人が気づいてない活躍を見ようと。そう思えるのは、自分がやられて嫌だったからですよね。原点はそこです。

 だから、憎しみを持っているわけでもなくて、違和感を覚えつつ、こうせざるを得ない社会とか事情もわかるっていう距離感ではやってますけどね。

勅使川原 うわぁ、すごいわかるなぁ。最初にご質問いただいた(*第1回参照)「なぜダイヤモンド社から出したのか」ということで言うと、便宜上でもわかりやすさは必要かなと思ったんです。便宜上のカテゴライズないしはわかりやすさ。

 言説をしっかり問い直すことはもちろん大事なんだけど、現場は多少粗削りな論でも、明日から試しにやってみることを求めているのもわかるので。

坂井 まさに。私もそうですよ。人材育成とかマネジメント領域って、論文を大量に読んで一定のモデル化をするわけですけど、あくまでも理論は理論で自然科学とは違うわけじゃないですか。

 だから解決策として提示することも、あくまで状況最適解でしかないっていう前提がありますし、この理論は裏を返せばこうですみたいなこともありますよね。

 そういうことをわかっていないと、理論というものがドグマになる。「でなければならない」とか、他のものを拒絶するものになって、教条的になってしまうので。

勅使川原 新しい正しさになってしまう。

坂井 そうです。理論ってあくまで道具的なものですから。ひとつの解釈を与えるものという距離感で捉えなければ、人を人として見られなくもなりうる。脱人間化の装置となるということをすごい思ってるってことですね。

勅使川原 かっこいいなぁ。坂井さんて立て板に水のごとく喋るんですね。

坂井 あ、ほんとですか。それは違和感があるからですよ、僕も。違和感を終わらさずに、「何だったんだあれ、何だったんだあれ」って、ずっと考えてるわけです。

勅使川原 いやー、今日は坂井さんが冒頭で仰ったとおり、楽しいな私。

*第3回は1/21(水)公開予定です。