フランスではユダヤ系将校が差別された「ドレフュス事件」(編集部注/1894年にフランスで起きた、当時フランス陸軍参謀本部の大尉であったユダヤ人のアルフレド・ドレフュスが、スパイ容疑で逮捕された)が起きた。スパイの冤罪(えんざい)事件である。

『シオン賢者の議定書』(編集部注/1890年代の終わりから1900年代の初めにかけて発刊。ユダヤ人が世界支配を推し進めるという、ユダヤ人長老の決議文という体裁をとっている)なる偽書も欧州各地で広く流布された。欧州ほどユダヤ系を差別した地域は他にないだろう。

 中でもユダヤ系差別を最も組織化、徹底化したのがナチス・ドイツの「ホロコースト」である。

 第一次世界大戦後の経済的混乱と政治的動揺の中、ヒトラー率いるナチス党は国民の不満をユダヤ系に転嫁した。1935年にはユダヤ系の市民権を剥奪(はくだつ)する人種法が制定された。

 第二次世界大戦中は「最終的解決」と称し、ヨーロッパ中のユダヤ系に対する組織的な絶滅計画を実行した。約600万人のユダヤ系が殺害されたといわれている。

差別を受けてきたユダヤ系米国人が
リベラルの旗手となったのは必然

 欧州諸国やロシアに比べれば、米国ではユダヤ系に対する国家主導の組織的迫害や大規模「ポグロム」は少なかった。

 だが、それは米国に「反ユダヤ主義」が存在しないことを意味しない。米国においても、19世紀から20世紀にかけて、様々な形でユダヤ系に対する差別や偏見が存在していた。現在もそれは続いていると見るべきである。

 18世紀後半から、欧州の「反ユダヤ主義」迫害を逃れ、多くのユダヤ系が自由と機会を求め米国に移住してきた。特に19世紀後半から20世紀初頭にはロシア・東欧からのユダヤ系移民が急増している。

 しかし、入国当初からユダヤ系移民は米国社会の中で有形無形の差別に苦しんだ。特に、アングロ・サクソン系等先住移民の子孫が支配する銀行、鉄道等の主要産業や弁護士業などから、ユダヤ系は事実上排除されていたという。

 ユダヤ系は小売、ブローカー業等で成功した。だが、それは、その種の産業に「ユダヤ系差別」が少なかったからにすぎない。