1年間野球ができなくても
努力をやめることはなかった
鯖江ボーイズ入団直後、吉田は右ひじの遊離軟骨除去手術を経験している。
満足に練習できない時期の過ごし方も、佐々木監督の印象に残っているという。
『決断―カンボジア72時間―』(吉田正尚、長谷川晶一、主婦の友社)
「1年生になってからすぐに、吉田はひじの軟骨の除去手術をしました。だから、中学1年のときはあまり野球をやっていません。ただ、そのときに彼は1人で黙々と外野を走ったり、片手で素振りをしたり、スイングのチェックをしたりしていました。
とにかく、“今の自分のできることをやろう”という感じで必死でした。今から思えば、一生懸命頑張ったあの1年間は、彼にとってものすごく大事な時期だったのだと思います」
その甲斐もあって、ひじの状態が万全になると、眠っていた能力が目覚め始める。それは周囲の期待通りの活躍だった。
「故障が明けて中学2年生になると、もう3年生と一緒に試合に出ていましたし、3年生主体のチームでは五番を打たせていました。このときには全国大会も経験しています。彼が3年生のときにはキャプテンにも指名しました。他のメンバーとの兼ね合いもあって、吉田の代では全国大会には行けなかったけど、吉田は相変わらずすごかったですよ」







