AI産業戦争 米中覇権に呑まれる日本#10
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日米関税交渉において、米国向け関税の引き下げと引き換えに合意した対米5500億ドル投資。その第1号案件は、いま実現に向けた調整が進んでいる。だが、この巨額投資を巡っては、日本の産業界に拭い切れない違和感があるのも事実だ。この対米投資は、日本にとって割に合う投資なのか。特集『AI産業戦争  米中覇権に呑まれる日本』の#10では、日米交渉の内幕をひもときながら、調印式への参加を見送った企業、そして日本向けの公式資料「日米間の投資に関する共同ファクトシート」から消えた条項に迫り、日本側の損得勘定を検証する。(ダイヤモンド社メディア局論説委員 浅島亮子)

順調に見える対米投資プロジェクト
それでも横たわる産業界の違和感

「衆議院選挙で自民党が勝利したならば、という仮定の話だが、高市政権としては3月下旬の訪米日程に、対米投資の第1号案件を“手土産”として持っていきたいのだろう」

 ある企業幹部は、こう明かす。日米合意に基づく対米投資は、いま実現に向けた調整のヤマ場を迎えている。

 対米5500億ドル(約85兆円、2月3日時点)の投資は、2025年7月に日米間で合意され、10月28日にトランプ米大統領来日時に行われた調印式で、投資対象分野など具体的な枠組みが示された。一見すると、日米の折衝が順調に進んでいるようにも映る。

 この対米投資は、米国が日本に課していた関税の引き下げを巡る交渉の中で、日本側が提案したものだ。米国が関税引き下げで“譲歩”する代わりに、日本からの対米投資を呼び込む――いわば「関税と投資」を交換条件とするアイデアである。

 当時の経緯について、ある政府関係者はこう説明する。

「赤澤亮正経済産業相は、米国への投資を後押しする“投資法規”という構想を日本側から提案した。結果的に、韓国や欧州もこれに一部で追随する形となり、そうした点も含めて米国側から評価された」

 こうした政府間交渉に先立つ形で、ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長は、全米にAIインフラを構築する「スターゲート計画」を主導。ラトニック商務長官を筆頭にトランプ政権中枢と接触を重ね、関係を深めていた。日本政府にとっては、結果的に、この動きが“渡りに船”となった格好だ。

 この調印式について、前出の企業幹部は「日本政府が公式ルートで企業からの投資案件を募る前に、孫さん側から声が掛かっていた。孫さんの構想が先に走り、そこに日本政府の対米投資の枠組みが、後から合流するような形だった」と語る。

 25年10月28日に発出された「日米間の投資に関する共同ファクトシート」では、エネルギー、AI向け電源開発、AIインフラの強化、重要鉱物等を重要分野に位置付けた。その中で、関連プロジェクトに名乗りを上げた日本企業として、SBG、東芝、日立製作所、三菱電機、フジクラ、TDK、村田製作所、パナソニックの8社が記載された(ソフトバンクは「エネルギー分野」、その他が「AIインフラ分野」)。

 もっとも、この巨額投資を巡っては、日本の産業界に拭い切れない違和感が横たわっているのも事実だ。

「もともとは孫さんから声が掛かり、民間企業による海外投資案件として動いていたものが、日米両政府の合意にガッチリと組み込まれることで、一気に『国家案件』へと性格を変えてしまった。その結果、10月28日の調印が法的・実務的にどのような拘束力を持つのか、判断がつきかねた企業もあった」(別の企業幹部)

 実際に、経済産業省を通じて打診を受けながらも、調印式への参加を見送った企業が複数存在するという。参加した企業の中でも、経営陣の間で意見が割れているケースすらある。

 この対米投資は、日本にとって本当に割に合う投資なのか。今回のプロジェクトへの参加を決めかねている企業にはどのような理由があるのか。

 日米交渉の内幕をひもときながら、日本側の損得勘定を検証する。同時に、調印式への参加を見送った企業、そして日本向けの共同ファクトシートから「消えた二つの条項」についても明らかにする。