1月23日午後、衆議院が解散し、万歳する前議員ら Photo:JIJI
「高市早苗が内閣総理大臣でいいのか。主権者たる国民の皆さまに決めていただく、それしかないと考えた」――。
高市は1月19日夜の記者会見で衆議院解散断行の理由をそう語った。いわば「私か私以外か」の選択を国民有権者に迫ったのである。高市は同時に27日公示、2月8日投開票の選挙日程を明らかにした。猛スピードの日程を含め全てが常識破りの解散権の行使だった。しかし、今もって「何のための解散なのか」「なぜこの時期なのか」など多くの疑問について高市が答えないまま選挙戦の火ぶたが切られた。
高市の狙いははっきりしていた。目前に迫る通常国会を乗り切るための「奇襲解散による現状変更」だ。高市政権は日本維新の会を連立政権のパートナーとして発足したものの、衆院の議席はようやく過半数に達したにすぎない。与野党論戦の主戦場でもある衆院予算委員会は野党側に委員長を握られ、自民党内にも反高市とおぼしき議員が少なからずいる。その他もろもろの面で高市にとって不都合な状況が存在した。それを「一新したい。全取っ換えしたい」(高市側近)との思いに駆られても不思議はなかった。
抜き打ち解散を成功させるには極秘に事を進めるしかない。高市はあらゆるレベルの事前協議を割愛した。自民党幹事長の鈴木俊一でさえ蚊帳の外に置かれた。維新の最高幹部は「解散を知らされた鈴木さんは怒りで顔が変わっていた」と証言したほどだ。







