もう人と比べることをやめよう
望月 理学部から医学部という逆の例は結構あると思いますけど。
――そのような人はいないでしょうね。誰か止めなかったのですか。
入江 家族は反対こそしませんでしたが、医師として大成してほしかったのだと思います。しかし、僕は自分の意思を貫くことを選択しました。当時の医局の上司からは考え直すよう説得されましたが、教授は「入江らしい」と意外にもあっさり認めてくれました。医局を離れることへの葛藤はありましたが、「もう人と比べることはやめよう」と心に誓い、そこから生き方がガラッと変わりました。
――灘高から東大理III、医師というエリート路線を29歳まで歩んできたわけですね。
入江 灘は高校から入りました。中学受験は小6から通塾して甲陽学院中学を受けたものの、記念受験同然で、箸にも棒にも引っかからず地元の公立中学に進みました。中2の時、数学に目覚め、それから成績がぐっと伸びました。
――数学好きになったきっかけは何でしたか。
入江 中2で角の二等分線について学んでいたとき、三角形の内接円と傍接円は見た目が全く異なるものの、その性質が双子の兄弟のようにそっくりなことに気付いたことです。その時の感動を今でも鮮明に覚えています。自分で発見する喜びを覚えてから、数学にのめり込んでいきました。
――学生時代から家庭教師や塾講師をされていますね。
入江 高校生で家庭教師を始め、大学生で鉄緑会数学科講師と家庭教師、医師になってからも細々と家庭教師を続けていました。数学科卒業を機に、「心に広がる数学の世界を!」をスローガンに掲げ、その理念に共感していたSEGの門をたたき、医師として働く傍ら、再び数学科講師になりました。
――どうして札幌に移住されたのですか。
入江 これまで20回以上訪れたほど北海道が好きで、定年後には移住しようと考えていました。2年前に再婚した妻が札幌出身ということもあり、昨年移住しました。札幌でも数学教育に携わっていたいと思い、SEGの古川昭夫代表に相談したところ、「塾を自分で作った方が早いよ」との助言をいただき、この3月から開校することにしました。
――望月さんは算数教室を入江さんに継いでほしかったのでは。
望月 タッグを組んだら、小中高生を教えられて面白かったのですが、移住するというので諦めました。







