黒田東彦の世界と経済の読み解き方福島県いわき市の小名浜港。黒田東彦氏も地方勤務でさまざまな経験を積み、ステップアップしていった Photo:PIXTA

国家公務員や大手企業総合職のビジネスパーソンにとって、全国転勤は宿命ともいえる。4月の人事異動で勤務地が変わり、新生活を始めた人もいるだろう。前日本銀行総裁の黒田東彦氏が執筆するダイヤモンド・オンラインの連載『黒田東彦の世界と経済の読み解き方』の今回のテーマは、「地方勤務の意義」。黒田氏が振り返る地方勤務の思い出と、新天地での生活を充実させるこつとは?

福島県いわき市、三重県、大阪市…
人との付き合いが重要な地方勤務

 企業や役所では、本社や本省で採用されても、地方支社や地方支分部局で勤務をすることがある。

 本社や本省での仕事は経営管理や財務が中心で、幹部との話し合いがあるとしても、基本は数字を扱う業務が多い。これに対し地方勤務では、関係者との交渉や取引など、人との付き合いが重要になる場面が増える。

 私は1967年に大蔵省(現財務省)に入省した後、72~73年に福島県いわき市の仙台国税局いわき税務署長、84~86年に三重県庁の総務部長、93~94年に大阪国税局長を務めた際に、地方勤務を経験した。

 いわき税務署は、14市町村の大合併でできたいわき市に合わせて、平税務署と小名浜税務署が合併してできた税務署であった。県庁所在地署ではないのに、職員が100人ほどの大きな税務署で、副署長も1人いた。

 いわき市の面積は約1200平方キロメートルで、66年の合併から2003年の静岡県静岡市と清水市の合併までは日本一の広さの都市であり、人口は30万人ほどだった。所轄するエリアが広いため、署員は泊まり付きで出張し、調査していた。

 私自身、大蔵省に入省後、大臣官房秘書課や英国留学、理財局国債課を経ただけで、税務の経験はなかった。東京大学法学部の学生時代に、金子宏教授(当時)の租税法の講義とゼミに参加していたものの、税務署長の仕事は税金の賦課・徴収のマネジメントであり、大学で学んだ知識があまり役立った覚えはない。

 とはいえ、賦課部門にも徴収部門にも有能な統括官が複数人おり、仕事を任せることができた。署長や副署長が出席する幹部会に判断が仰がれる案件もあったが、局の徴収部管理課の筆頭補佐だった副署長がよく補佐してくれた。

 市町村長のほかにも、申告・納税を支援する青色申告会や納税貯蓄組合の幹部の企業人、商工会のメンバー、酒造組合の日本酒生産者、漁業組合の船主など、いろいろな人に会って話を聞くことができ、面白かった。管内の山林地主の理解を得て、署員と共に北限のヒノキの石高を測って仙台国税局の山林所得の標準作りをしたり、定置網でタイを取る漁船に乗せてもらったりしたこともあった。