2017年にドイツの欧州中央銀行本部で開催された、中央銀行のコミュニケーションについて主要中銀の首脳が議論するパネルディスカッションに出席した黒田東彦氏(右端)。こうした会議では英語が唯一の国際語だ Photo:Hannelore Foerster/gettyimages
海外で活躍したいならば、英語のスキルはほぼ必須だ。前日本銀行総裁の黒田東彦氏が執筆するダイヤモンド・オンラインの連載『黒田東彦の世界と経済の読み解き方』の今回のテーマは、「外国語の勉強法」。黒田氏は英語をどのように学び、身に付けていったのか。
若い頃に英語で苦労した黒田氏
原著を読むため第二外国語はドイツ語に
今の若い人たちは、英語での会話をスムーズにこなす人が多い。だが、私が若い頃は、そういう人は少なかった。私も、英語で苦労した。
英語を初めて学んだのは、東京教育大学附属駒場中学校(現・筑波大学附属駒場中学校)だった。だが、英語の教科書や副読本を読んで理解することが中心で、高校に進学しても、英文を書くことや英語で会話をすることはほとんどなかった。
それでも勉強したおかげで、中学3年から高校1年の頃の1960年安保騒動の際に私が感銘を受けたオーストリア出身の哲学者、カール・ポパーの著書『科学的発見の論理』を、英語で読むことができたのである。
また、高校のとき、実験的に東京教育大学(現・筑波大学)のドイツ語教師が来校し、ドイツ語を教えてくれたことがあった。だが、科学的発見の論理のドイツ語の原著には、歯が立たなかった。
ポパーの原著を読めるようになりたいとの思いもあり、東京大学教養学部では、文一・文二・文三の20人足らずのドイツ語既習クラスを選択した。しかし、ドイツ語ができるのは、戦前からドイツ語教育をしてきた長野県立松本深志高校の卒業生数人だけだった。
当時の担任だった小宮曠三教授(小宮豊隆教授の子息)は、ドイツの新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」の切り抜きを読ませたり、アドルフ・ヒトラーの演説をレコードで聞かせたりしてくれた。また、ある学期には、マルクス/エンゲルス著の『共産党宣言』を教材に使って講義してくれた。共産党宣言は、19世紀中ごろのドイツの労働者向けに書かれた政治的パンフレットであるため、分かりやすかった。







