婦人解放運動家の加藤シヅエや
鳩山由紀夫・邦夫の母の安子も
政治家になった卒業生としては、敗戦後初めての1946年の衆院選で当選し、初の女性代議士39人の中の1人となった加藤シヅエがいた。産児制限運動など婦人解放運動家だった。
加藤は元華族で裕福な家の育ちだったが、日本社会党から一緒に当選した夫と共に政界入りした。1950年~74年、参院議員として活躍、2001年に104歳で死去した。
自民党参院議員を1期務め、タレント議員のはしりである藤原あきは、旧制女子学習院中等科で加藤シヅエと同級生だった。夫はオペラ歌手の藤原義江。
衆院議員を16年余務め、漢字能力検定協会理事長、日本相撲協会横綱審議委員会委員などを歴任した池坊保子は、初等科から学習院一筋だ。華道池坊家元の妻で、創価学会会員でない公明党所属の衆院議員だ。
学習院には皇室や旧華族の関係者が多数、学んでいるが、池坊は学習院女子の卒業生について、「権力にこびず、あらがわない。言ってみれば『あるがまま』の自己を貫き通すタイプが多い」と評している。
現職の国会議員では、自民党所属の衆院議員で、文科相などを歴任した永岡桂子がいる。衆院議員だった夫が自殺したため、夫の後を継いで衆院議員になった。26年2月の衆院選では、比例復活で8期目の当選を果たした。
自民党所属の衆院議員で、東京五輪担当、ワクチン接種推進担当相などに就いた堀内詔子(のりこ)もいる。幼稚園から大学院博士後期課程まで学習院一筋だった。26年2月の衆院選で6選を果たし、第2次高市内閣で総務副大臣に再任された。
政治家の妻、母として著名な卒業生では、鳩山安子がいた。ブリヂストン創業の石橋家の生まれで、大蔵事務次官、外相などを歴任した鳩山威一郎(東京・旧制府立高校卒)の妻だ。威一郎・安子夫妻の息子が、民主党政権で初めて首相となった鳩山由紀夫(都立小石川高校卒)と、総務相などを歴任した鳩山邦夫(国立・東京教育大附属高校・現筑波大附属高校卒)だ。
安子は東京府立第二高等女学校(現都立竹早高校)から女子学習院高等科(現学習院女子高等科)に進んだ。石橋家、鳩山家から数百億円の資産を受け継いでおり、それを2人の政治活動や民主党結党資金に使ったといわれる。2013年に死去した。







