洗浄強迫(編集部注/汚れや細菌への過剰な恐怖で、手洗いや入浴、掃除などの行為を何度も繰り返す病)を例にとると、次のような環境ができ上がっていきます。

・家のあちこちにティッシュや除菌スプレーを置く。
・袖がまくりやすく洗濯しやすい素材の服ばかり着る。
・家族にハンドソープやウェットティッシュを買ってくるよう指示する。
・自分のルールに合わせて家族に手洗いを強要する。
・本人が洗面所やトイレ、浴室を長時間占拠するため、ほかの家族は公衆トイレや銭湯を使うようになる(この傾向は同居者が少ないほど顕著)。

 家族が仕事を休み、外出を控えて本人の強迫行為を手伝うようになると、この状態から抜け出すことはさらに困難になります。強迫症の人も家族も、強迫から逃れるためには、ある程度のストレスが欠かせないのです。

強迫症に苦しみながら
成功を収めたニコラ・テスラ

 このようなお話をしたら「強迫になったら、一生、楽はできない。強迫には苦しみしかないのか?」という声が聞こえてきそうですが、強迫にはメリットもあります。

 強迫症の人は強いストレス耐性を持っています。災害時のような命がかかっている場面では、強迫行為がピタリと止まり、まわりの人を助けられるくらいに適応できます。大地震が起きたとき、多くの人が我先に建物から出ようとパニックになる中で、強迫症の人は冷静に火の元を確認し、慎重に落ち着いて屋外に避難することができます。

 家に引きこもることが平気な人は、地震で建物に閉じ込められることもそれほど怖がりません。

『強迫症とうまくつきあう』書影強迫症とうまくつきあう』(原井宏明、松浦文香、さくら舎)

 何事もやりすぎる強迫症の人は、ときに社会に役立つ発明をすることもあります。車のブランド名にもなっているニコラ・テスラは交流送電方式を発明したことで知られる人物です。直流送電を主張するエジソンとの「電流戦争」と呼ばれる論争にも打ち勝ちました。

 一方、彼は極度の潔癖症で人づきあいの悪い人でした。ライバルの名前を冠するエジソン賞の受賞を固辞したのも強迫症らしいエピソードです。嫌いな人の名前が自分の経歴に載るのが許せなかったのでしょう。

 最後は借金を抱えたまま、ニューヨークのホテルの一室で孤独死した彼の人生を「幸せな人生」と呼べるかは疑問ですが、その非凡な才能が世界を大きく変えたのは確かです。

 強迫という才能をどこに向けるかは選ぶことができるのです。