105歳まで現役医師として
活動した日野原重明
亀岡剛(つよし)は2015年~19年、昭和シェル石油社長兼グループCEOを務めた。19年には出光興産副会長にもなった。関学を経て英エディンバラ大経営大学院修了だ。
小野圭一は24年3月に、大丸松坂屋百貨店やパルコを傘下に持つJ.フロントリテイリングで歴代最年少となる48歳で社長に就任した。前身の大丸入社の生え抜きで、関学大経済学部卒だ。
菅井基裕は元阪急電鉄社長、会長だ。社長在任時には、1995年の阪神・淡路大震災で被災した神戸線などの路線の復旧の陣頭指揮を執った。2022年に死去した。
村上一平は元日清製粉グループ本社社長で、現関西学院理事長だ。
六甲バターの元社長・会長の塚本哲夫、朝日放送グループホールディングス社長、会長をした脇阪聰史もいる。
IT企業の経営者としては、パソコンメーカー、コンパック日本法人の初代社長を務めた村井勝が関学高等部OBだ。関学商学部を経て米カリフォルニア大ロサンゼルス校ビジネススクール修了だ。
携帯電話向けコンテンツ配信のベンチャー企業、サイバードの創業社長・堀主知(ほり・かずとも)ロバートも、OBだ。10年前からはトリュフ専門のレストランをハワイなどで開いている。
ニューヨークで投資会社を経営している堀古英司は、経済アナリストとしてテレビにもよく登場している。アメフトの関学ファイターズの主力選手だった。
能島裕介は社会起業家だ。1995年の阪神・淡路大震災で被災した子どもたちに学習支援やキャンプ活動などを実施し、いくつかのNPO(特定非営利活動)法人運営のリーダーになっている。東日本大震災後も、子どもたちの支援活動に力を注いでいる。
特筆したいのは、満105歳まで現役の医師として活動した日野原重明(1911年10月4日生まれ)のことだ。
日野原は、現在の関学高等部の前身である旧制の関西学院中学部の卒業だ。京都帝国大医学部に進学し、循環器内科で学んだ。聖路加国際病院院長として長年、予防医学に力を注ぎ、聖路加国際メディカルセンター理事長、国際基督教大教授なども歴任した。
従来は「成人病」と呼ばれていた一群の病気の名称を、「生活習慣病」に改めることを提唱したのは日野原だ。2005年には文化勲章を受章している。90歳を超えても睡眠は1日5時間。講演、音楽会、学会、テレビ出演、原稿執筆などスケジュールは数年先までぎっしりだった。2017年7月に105歳で死去した。
政治家では、大正から昭和(戦前・戦中)にかけて活躍した政党政治家の永井柳太郎が、旧制の関学普通部を経て1905年に早稲田大政経学部卒だ。早大では雄弁会に所属し、雄弁家として知られた。







