同僚は「こんなのおかしい」と井上さんの現状を会社のコンプライアンス部門へ報告し、従業員を守る対策が必要だと猛抗議しました。会社側も事態を重く見て、顧問弁護士と連携して対策に乗り出すことにしました。休日・深夜のメール履歴をすべて証拠として整理。罵声の録音に備え、井上さんに録音機も支給しました。

 その後、井上さんはB社社員の罵声を録音。顧問弁護士を経由してB社のコンプライアンス部門へ「当社従業員に対するハラスメントについて」と正式な抗議文を送付しました。結果、井上さんにハラスメントを繰り返した担当者が変更されました。謝罪は残念ながらなかったものの、その後問題なく取引関係が継続しています。

 個人で抱え込むのではなく、証拠を整理したうえで組織として弁護士を通じて正式に対応したことが、事態を大きく動かした決定的なポイントでした。

BtoBもカスハラの温床
従業員を守るためのポイント

 カスハラは、対個人だけでなく、力関係の生じやすい企業間取引(BtoB)においても深刻な問題となっています。本事例のようなソフトウエア開発の現場で見られる過度な電話対応の強要や休日出勤の要求は、従業員の心身に大きな負担を与える深刻なハラスメントです。

 こうしたリスクから従業員を守るためには、企業として「個別対応」ではなく「組織としての対応体制」を整備しておくことが不可欠です。

 厚生労働省の指針でも、事業主には、方針の明確化、対応ルールの整備、相談体制の構築、事後対応の仕組みづくりなどを一体として講じることが求められています。その前提として、現場ですぐ実践できる具体的なポイントは次の通りです。

・証拠の徹底的な記録
 無理な要求に関するメールやチャットは削除せず保存し、電話対応についても可能な範囲で録音を行います。日時・内容・相手方の発言を簡単にメモとして残しておくだけでも、後の対応の精度が大きく変わります。証拠は、社内共有や相手方への正式な申し入れの際の重要な根拠となります。

・対応ポリシーの策定
「契約外の作業は対応しない」「深夜・休日の対応は原則行わない」など、具体的な基準をあらかじめ定めておくことが重要です。現場の判断に委ねるのではなく、組織として統一した基準を持つことで、不合理な要求に対してもブレずに対応できます。

・孤立させない体制の構築
「困ったら必ず上司に報告する」「一定時間以上のクレームは引き継ぐ」など、エスカレーションルールを明確にします。現場担当者に任せきりにせず、管理職や関係部署が関与する体制を整えることで、精神的負担の軽減にもつながります。

 さらに重要なのは、トラブル発生前の予防です。