人事部門の課題、AI活用によってできることは?

 近年、経営環境が目まぐるしく変化するなか、人事部門が果たすべき役割は、より高度化している。以前は労務管理や給与計算、社内規定の運用などを担っていればよかったが、いまや、経営層と連携し、自社の成長をリードする戦略的人事への進化が求められている。人事部門が対応すべき課題は、年々、そのスコープにおいても深さにおいても拡大しているのだ。

河合 例えば、マクロ視点では「人的資本経営」「サステナビリティ」に関する有価証券報告書やISO30414への記載対応、ミクロ視点では「採用強化」「内定辞退や離職の抑制」「適材適所への対応」「エンゲージメントサーベイ対応」などがあげられます。これらは人事部門における業務負担増につながる一方、社内において、人事部門が他部門をリードし、存在感を増すチャンスであるともいえます。

 そもそも、人事部門の強みは、人に関するデータの宝庫ということです。従来から、社員の年齢・学歴などの属性データのほか、残業時間・有給消化率などの労務データ、人事評価スコア、研修受講履歴、最近ではエンゲージメントサーベイの結果(スコア)などもあります。そうした、人に関するデータをAIによって分析し、効果の高い施策の立案・実行につなげるのです。

 あるいは、会社の規模が大きくなるほど、部門ごとで人事関連のデータがタコツボ化(部署間の情報やデータの分断)する傾向があります。人事部門が声を掛けてそうしたデータを集めることは、各部門とのコミュニケーションのきっかけになり、データ分析の結果をフィードバックしたり、アドバイスや支援を提供したりすることで、各部門から感謝されるようになるはずです。

 実際、人に関するデータを用いて、どのような分析が可能なのか。具体的な事例について聞いた。

河合 ひとつは予測AIを用いて社員の離職確率を予測するとともに、その理由を探ることです。

 この場合、入力するのは、各社員の業績パフォーマンス、属性データ、勤怠データ、エンゲージメントサーベイ、コンプラサーベイ、人事評価(上司と本人の両方)などです。出力(成果物)は、各社員が「離職する」を1、「しない」を0とした「2値予測」とその確率です。

 ある企業では、社員Aの予測結果が「0(退職しない)」で「離職確率15%」、社員Bの結果は「1(退職する)」で「離職確率85%」、精度は77%前後となりました。ここからさらに、社員Bの結果が「1」となったことに影響している要因(入力データ)を分析すると、「上司と部下の人事評価ギャップが悪化していたこと」と「行きたい部署が無いこと」が浮かび上がってきました。そして、実際に、翌年、社員Bは退職することになりました。

 単に属性データや勤怠データを見ているだけではここまで詳しい予測はできません。普通に考えると、残業時間の多さ(労働負荷)、エンゲージメントサーベイのスコア(モチベーション)などが関係していると思いがちです。労働負荷が高いと辞めやすい、モチベーション高く働いていれば辞めにくいのではないか、と思うのです。

 しかし、残業時間が多く、労働負荷が高いだけで離職率が上がるわけではなく、逆にエンゲージメントスコアが高いと離職確率が下がるわけでもありません。

 複数のデータを掛け合わせ、予測AIで全社員の離職確率を出し、それらを比較分析する作業を繰り返すなかで、いろいろな相関や離職に影響する変数が何かなどが見えてくるのです。

 私の経験上、辞めていく人のなかには、仕事が好きで残業も苦にせず頑張っているタイプがかなりいることが分かっています。通勤時間も長く、ストレスチェックにおけるストレス値が高かったとしても、仕事にやり甲斐があるのでそれほど気にしていません。しかし、自分の頑張りを上司が評価してくれていないと感じるようになると、次第にモチベーションが下がっていき、残業や通勤時間が苦痛になってくる。そうした心理的なメカニズムが働いているのではないかということが見えてくるのです。

 それが分かれば、上司と本人の評価の乖離がなぜ生じているのか……担当部門の責任者と人事部門がタッグを組んで状況を確認したり、何らかの対策を講じるようにすると、離職の回避策を講じることができます。

 もうひとつは、社員をタイプ分けし、それぞれに対して最適なリテンション施策や配置・異動を行うことです。例えば、エンゲージメントスコア、業績スコア、勤続年数、評価ギャップ指標など多変量のデータから複数のタイプに自動的に分類します。これはクラスタリングという手法で、各変数の距離を計算し、似た特徴を持つ者同士を自動的にクラスタに分類するものです。ここでは3つのクラスタに分類した例をご紹介します。