経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡Photo:AI Generated/Google gemini

元週刊ダイヤモンド編集長が高校生向けに実施している授業「大学の経済学入門」を基にした連載『経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡』。初期重商主義の実務家兼理論家トーマス・マンに続き、第6回では後期重商主義時代を代表する経済理論家といわれるジェイムズ・ステュアート(James Steuart、1713~80)を紹介します。ステュアートはもともと学者ではなくスコットランド貴族です。1745年にカトリックなどによる反イングランドの「ジャコバイト蜂起」の主要人物として国外追放され、18年間大陸ヨーロッパへ亡命していました。各国経済をつぶさに観察し、関心を深めた亡命貴族は経済の研究者へ転じていきます。そして亡命先で大部の経済書の執筆を続け、帰国後に出版したのが『経済の原理』でした。

「最後にして最大の重商主義者」
ステュアートの「常識」と「非常識」

 みなさん、アダム・スミスという名前を聞いたことはありますか?

生徒A:はい!!「国富論」のアダム・スミスですよね!

 お、よく勉強していますね。では、同時代の経済学者のジェイムズ・ステュアート(James Steuart、1713~80)は知っていますか?

生徒A:いえ……。

 知らなくてもかまいません。大人でも、知っている人は少ないでしょう。アダム・スミス(1723~90)の『国富論』の衝撃が強過ぎて、同時代のステュアートは吹き飛ばされた印象があります。

 でも、これを機にステュアートを知ってください。今こそ深掘りする価値がある経済学者ですから。

 というのも、ステュアートの『経済の原理』(★注1)は、国内資本の蓄積のために保護貿易を重視する重商主義の集大成ともいわれていましたが、それだけの書物ではありません。対象は広範囲で、現代にも通じるなんともモダンな経済書でした。

ジェイムズ・ステュアート肖像画イタリアの肖像画家ドメニコ・ドゥプラがローマに亡命していたステュアートを1739年に描いた作品。パブリックドメイン、スコットランド国立美術館所蔵

 ステュアートはスコットランド貴族で、波乱万丈の青年期を経て50代で大著『経済の原理』をロンドンで出版します。この書物の初版本が小樽商科大学附属図書館に保存され、全文がホームページで公開されています。同図書館ホームページの「貴重図書全文画像データ」のページでだれでも閲覧できますから、手元のスマホやタブレットで見てください。

生徒A:あ、ほんとだ。ありますね。他にも『国富論』や『経済表』、『資本論』のドイツ語初版まであるんですね。さすが経済専門の伝統ある大学です。

 小樽商大と同様、高等商業学校がルーツの一橋大学や神戸大学にもたくさん歴史的な経済書の原書が保管されていますよ。

 このステュアートの『経済の原理』の画像には次のようなキャプション(短い解説文)が付いています。これがおそらくステュアートについての常識的な知識だと思われますので、引用してみましょう。

ジェームズ・スチュアート(★注2)について
 重商主義経済学説は、本書によってまとめあげられた。しかしながら、後にアダム・スミスは本書を、『国富論(諸国民の富)』で批判するのであった。
 ジェームズ・スチュアート(James Denham Steuart, 1712-1780★注3)はイギリス(スコットランド)の貴族で、「最後にして最大の重商主義者」と呼ばれる。イングランドに反抗したジャコバイトの乱が失敗した後、ヨーロッパ大陸での長い亡命生活の間に執筆を開始した本書『経済学原理』は、経済学にpolitical economyという用語を用いた最初の著作である。彼は、ここで有効需要論を軸にした重商主義的な経済政策の必要性を主張した。(小樽商科大学附属図書館ホームページより)

 この「常識」は、実はかなり覆されています。ステュアートは単純な18世紀の重商主義者ではなく、むしろ商業を重視するモダンな感覚を持った最初のエコノミストだともいえるのです。

生徒C:ステュアートという経済学者の名前は、まったく聞いたことも読んだこともないです。他の経済学者は知っているのかといわれると、それも自信はありませんが。

 そうですか。これから経済学者の名前がどんどん出てきますが、高校の「政治・経済」の教科書にもかなり登場するはずですよ。

高校の教科書に登場する経済学者と登場しない経済学者
スミスはもちろん登場、ステュアートはどっち?

生徒C:「政治・経済」は必修ではないので、選択しているのは今日ここにいる8人のうち2人くらいでしょう。ボクは取っていますけれど。

 ええっ、そんなに少ないのですか。私が高校生だった1970年代は、「政治・経済」は3年生の必修でしたが。では、まったく知らないのかな。前回、シュンペーターの名前は教科書にありました、とだれか言っていたよね。

生徒D:それは私です。私も「政治・経済」を選択しています。

生徒A:社会科の1年から2年の必修に「公共」がありまして、ここで経済学もある程度出てきました。

 そうでしたか。では、教科書に登場する経済学者を整理しておきましょうか。だれか、必修の「公共」と選択の「政治・経済」の教科書を持っていませんか。

生徒A、D:あります。両方とも東京書籍の教科書です。

 索引があるでしょ、経済学者の名前をあげてください。まず必修の「公共」から。

生徒A:「資本主義の歴史と経済思想」という章に4人出てきます。

 アダム・スミス(英1723~1790)
 カール・マルクス(独1818~1883)
 J.M.ケインズ(英1883~1946)
 ミルトン・フリードマン(米1912~2006)

生徒D:「政治・経済」にはたくさん出ています。「資本主義経済の発展と変容」という章ですね。

 アダム・スミス
 J.A.シュンペーター(オーストリア→米1883~1950)
 T.ヴェブレン(米1857~1929)
 J.M.ケインズ
 カール・マルクス
 ミルトン・フリードマン

 本文では以上の6人ですが、「おもな経済思想家とその主著」という一覧表があり、経済思想の歴史のポイントをつかめるようになっています。この表に15人登場します。

 表の先頭は重商主義で、トーマス・マンですね。高校の教科書に前回取り上げたマンが登場するとは知りませんでした。表の1行だけだけれど、登場しているだけでも重要人物だとわかりますよね。

生徒B:「政治・経済」の教科書は4月に全部読んだのですが、表の1行だけでは記憶に残りません(笑)。

 アダム・スミスより前はケネーとマンだけで、今日お話しするステュアートは出ていませんね。

ステュアート『経済の原理』はアダム・スミス『国富論』のパワーで
知られざる経済書になってしまった

 ステュアートの名前は、大学の経済学部の学生でさえ、ほとんど聞いたことはないでしょう。経済学史を履修した学生の中には、「アダム・スミスの陰に隠れたイギリスの経済学者」という程度は知っている人がいるかもしれません。

 実際は、アダム・スミスより9年も前に体系的な経済学の専門書を初めて執筆し、出版した人物なのです。2人の生没年を見てわかるように、ステュアートはアダム・スミスより10歳年長で、10年早く没しています。アダム・スミスは「経済学の父」といわれていますよね。アダム・スミスの主著『国富論』、そして本文で書かれている「見えざる手」は教科書にも登場します。

生徒E:「見えざる手」はわかります。市場メカニズムのことですね。小樽商大のホームページの解説には「アダム・スミスは本書(注『経済の原理』)を、『国富論(諸国民の富)』で批判」したと書いてありますね。

 それも「常識」の一つなのですが、実は『国富論』でアダム・スミスはステュアートの名前や書名をあげて批判などしていないのです。

次のページの三つのポイント

(1)古代ギリシャの「家計」から国の「経済」へ
(2)ステュアート『経済の原理』コンテンツの全部
(3)国富は「金銀財宝・貨幣」か、それとも「労働・生産・消費」か