UBI自体は新しいものではない。保証された給付金というコンセプトは、ナポレオンからキング牧師までさまざまな指導者たちが提唱してきた。しかし現在のアメリカでのUBIのコンセプトは、ほんの数年前から浮上してきた、社会をより完全なものにできるという功利主義的な概念に、現代のテクノロジーおよび実験的経済学への強い信頼を合体させたものだ。

 実際に経済学者たちは、当初は途上国世界に対して、また現在はアメリカ国内に対して、定額給付金のアイデアを最も早く提唱した人たちのなかに名を連ねていた。エステル・デュフロはノーベル賞も受賞しているこの分野の独創的なスターで、比較的貧しい国々で少額融資の実験を行ったことで知られる。彼女はまた、自身の専門分野にロマンティックな意識をもってはおらず、「配管工としてのエコノミスト」という考えを受け入れてもいる(注3)。

 デュフロの主張によれば、経済学の目的は壮大な理論ではなく、現場での経験的手法にあるのだ。彼女にならって言うなら、現在のUBIの議論は、美徳や慈善の枠組みよりも、経済学の教科書にある冷徹な言語に多くを頼っている。そしてUBIのもつ利点は、リソースを最適化して格差を減らし、そのことによって社会利益を最大にするという観点から説明される。

「最適化こそ正義」という前提を
右派も左派も疑いすらしない

 UBI推進派は、現在の複雑なアメリカの福祉制度をよりシンプルにし、不均等な社会的土俵を平等なものにできる可能性を見てとっている。雇用とは別に最低所得を保障することで、一部の人たちがもっと有意義な仕事に専念できるようになるというのだ。

 このコンセプトは、支持者も多いものの、政治的に見て左右双方からの怒りを買ってもいる。

 右派からは、UBIなど福祉国家の延長だ、自由市場にさらに干渉するものだという批判があり、左派からは、UBIはリソースの配分として「非効率的」だという嘆きの声がある。なぜ高所得者が貧困ライン以下の人たちと同じ額をもらえるのか?なぜ苦しんでいる人たちが自分自身を、そして資本主義体制をなんとか維持できる程度の額しかもらえないのか?

(注3)Esther Duflo, “The Economist as Plumber,” American Economic Review 107, no. 5 (2017):1-26.