この列をなす応募者たちには、一人ひとりさまざまな特性がある。話を単純にするために、この思考実験で提示されるのは、良い秘書を示すひとつきりの指標、そして追加の応募者を面接するコスト(あなたの時間)だ。

 たとえば、秘書がタイピングの速さ――1分あたり50語から100語までの範囲――だけで判定されるとしよう。この速さは、どれだけ速く手紙をタイプさせられるかという観点から、秘書の良し悪しというドル建ての「価値」へと簡単に換算できる。そしてかりに、新しい応募者を面接するのに1時間あたり100ドルのコストがかかるとしよう。

『最適化幻想 効率が人を幸せにしない理由』書影最適化幻想 効率が人を幸せにしない理由』(ココ・クルム著、松本剛史訳、新潮社)

 この二つの変数から、いつ面接を打ち切るのが最適かをどうやって知るのか?言い換えるなら、十分に良い応募者を見つけたとき、もしかするともう少し良い人材が見つかるかもしれないと期待してさらに面接を続けるためのコストが、そうしたわずかな潜在的利得を上回りはじめるタイミングをどう判断するのかということだ。

 あまり早く打ち切ると、あと何回か面接をすればもっとずっと良い応募者がいたにもかかわらず、凡庸な秘書を雇うことになってしまうリスクがある。長く続けすぎると、初めのほうの段階でも最終的に選んだのと同じぐらい良い秘書がいたにもかかわらず、面接に無駄な時間を費やすことになる。

 この最適化には、実は驚くほどエレガントな理論解があることがわかっている。応募者がN人いて、ランダムに並んでいる場合、そのうちのN/e人を面接し、そのあとでいちばん良い応募者がいたらすぐに決めればいい。この式では、eは自然対数の底、つまりネイピア数という定数で、おおよそ2.7にあたる。つまり100人の候補者がいたとすれば、最初の100/2.7人、つまり37人と面接してから、そのあとで現れた最高の応募者を選ぶということだ。

 これが最適下限である。

最適化しようとすると
物事を単純化せざるを得ない

 ところがこの停止問題では、UBIのときに見たのと同様の袋小路に突き当たってしまう。どちらも物事をひとつの指標――タイピングの速さであれ、お金であれ――に絞り込むものだ。

 どちらもまず目的関数を定める。秘書の問題では面接コストの最小化、UBIの場合は社会に利益をもたらす最適な富の分配。

 停止問題はしばしばトイモデルと呼ばれる例証のためのモデルだが、UBIのプロジェクトはより大胆な主張をする。公平性や貧困、コミュニティの成員としての義務といった問題を多面的な問題として考える代わりに、解くべき方程式、分配するべきドルへと還元してしまうのだ。