ここは東京の事情とは区別しておきたい。東京が“国際標準と異なる法”ゆえに敬遠されるのに対し、香港はより深刻で、予見可能性そのものが失われつつある。同じ「法の制約」でも、東京は単なる様式の違いであるが、香港は信頼基盤の喪失という次元の違う問題が存在する。
中国の国家安全法制や民族団結法が体現するのは、党の領導の堅持であり、国家安全という上位目的による個別の権利の従属だ。何が一線を越えるかを事前に確定せず、当局の裁量に委ねるしかない。そんな体制のもとで、コモンローの予見可能性など期待できるはずがない。北京政府が香港における法の独立を認めることはありえない。
なお、中国政府のこういった反経済的な動きは、習近平政権の基本的姿勢から来たものであるが、その点については、新刊の『習近平は何を恐れているのか?』(ビジネス社)に詳しく記した。
明文ルールを見るか、北京の意向を見るか
中国ビジネスの難しさは、明文化されたルールのほかに、明文化されていない複雑なルールが存在しており、それが当局によって恣意的に運用されていることにある。最近は、北京政府の意向だけで、明文化されたルールすら、ある日を境に変わることも少なくない。
明文化されたルールが中心であれば、弁護士がルールを解釈して契約を設計すればいい。ところが現在の香港は、北京の意向がその上に立っている。そうなると、必要になるのは弁護士ではなく、「北京とのコネクション」と「政治的な嗅覚」である。外資はその点で中国企業に勝てるはずもなく、競争においてかなり不利になる。
このままでは、香港は国際金融センターではなく、「中国で唯一、英語が通じる本土都市の一つ」に格下げされることになる。外資が「金融ルールを見るべきか、それとも北京を見るべきか」と迷い始めた時点で、香港の価値は劣化を始めるのである。
現在の香港は、これまで香港を香港たらしめていた「国際性」を失いつつある。







