香港は、「巨大な母体経済(中国・人民元)」と「英語・コモンロー」を同時に備えた、世界でも極めて稀な都市だ。中国という母体にアクセスしたい国際資本にとって、その入口が英語とコモンローで運用されている。上海や深圳がどれほど大きくなろうが、中国語と大陸法という制約があるうちは国際資本を集める入り口にはなりえない。だからこそ中国は、香港を維持し続けている。

北京が奪う「広東語」と「法の精神」

 ここまで「香港はなぜ強いか」を考えてきたが、では今後も強いままなのかというと、そうはならないだろう。

 香港では英語、広東語、北京語の三つの言語が流通している。

 2026年7月に施行された民族団結進歩促進法は、標準中国語(≒北京語)の普及を義務づけ、その適用対象に香港を明記している。香港人のアイデンティティの核である広東語ではなく、北京語の教育が強化され、教育現場では、中国語の授業を広東語ではなく北京語で行う学校が増えている。

 もちろん、この法律で香港での英語を禁じるわけではなく、当面、英語教育は重視されると考えられる。

 ただし、英語教育が維持されたとしても、これまで英語教育に伴って教えられてきた「コモンローの精神」は徐々に弱まる可能性が高い。国家安全教育を分析した研究では、香港の若者にとっての「国際性」の意味そのものが、多元的・欧米的なものから中国中心のものへと静かに書き換えられている。

 香港の金融的価値の真の源泉は、英語という言語ではない。コモンローが供給する「政治から独立した予見可能性」である。

 コモンローの核心は、判例の積み重ね、司法の独立、そして「明文で禁じられていないことは許される」という自由の推定にある。国際資本が香港を信頼してきたのは、契約の解釈や紛争の解決が、政治の意向ではなく、独立した裁判官によって予見可能な形で決まるからだ。投資家がもっとも嫌うのは「不確実であること」だ。予見可能性こそが、資本にとっての信頼インフラであると言っていいだろう。