中道改革連合の「決められない」体質

 中道改革連合は、総選挙の惨敗について総括を行った。

 報道ベースで見ると、公明党出身者を比例名簿で優遇したことが「選挙互助会」と見られたという一点を除けば、「支持基盤を足せば勝てると見込んだ」「急変する民意を捉えきれなかった」「党への構造的な拒否感を見過ごした」といった、有権者からどう見られたかという話が中心だったようだ。

 しかし、自分たちは何を掲げ、何を捨てる党なのかという肝心の中身には踏み込めていない。しかも、この総括を「内部資料」として扱う方針を取ったと伝えられる。分析はできても、「これが我々の結論だ」と公に示す決断ができなかったわけだ。

 この「決められない」体質は、三つのレベルで表れている。

 第一に、政策が決められない。

 小川代表は、代表選当日に憲法改正について「自衛隊の明記はあり得る」と述べた。ところが就任会見では「9条の積極改憲論者ではない」と軌道修正し、さらにその夜にはXで「9条護憲派までもが納得する議論でなければならないと申し上げたのが真意だ」と釈明した。

 一日のうちに立場が三転するのは、異例のことだろう。

 ただし、これは小川氏個人だけの問題ではない。改憲派と護憲派を抱え、公明党より硬い護憲派を党内に残したまま9条を語れば、誰が代表でも発言を修正せざるを得ない。米軍普天間飛行場の辺野古移設を「ペンディング」にしたまま結論を出せないのも同じ構造だ。

 第二に、党のメッセージが決められない。

 中道改革連合のX公式アカウントが示した政権ビジョンには、「国の強さは、一人ひとりの暮らしの強さから」「福祉はコストではなく投資です」「福祉国家の建設が先である」などの美辞麗句が並ぶ。

 野党第1党が国民に政策の選択肢を示すこと自体は正しい。問題は、それが選択肢と呼べるほど具体的でないことだ。

「福祉国家の建設」と言っても、どの制度を拡充し、何を削り、財源をどこに求めるのかは示されていない。政党が国民に選択肢を示すには、まず自らが「これがわが党の答えだ」と旗を立てなければならない。中道改革連合は、選択肢を示すと言いながら、選択に必要な中身を示していない。

 第三に、国会でも決められない。

 疑惑を追及すること自体が問題なのではない。週刊誌報道を端緒としても、自ら調査し、根拠を得た上で質問することは野党の役割である。

 問題は、報道の前提に疑義が生じた後も、追及の強度を調整できなかったことだ。

 党として共有できる政策課題が乏しければ、一度設定した疑惑追及を下ろした瞬間、何を論戦の中心に置くのか分からなくなる。そのため、疑惑の根拠が弱まっても撤退できない。スキャンダル依存は、政策的空洞の裏返しなのである。