山極:答えではなく、面白さを見つけること。問いに対する答えを見つけなさいという、その要求そのものが一番駄目なんです。
自分の目で確かめるまで
「正解」なんて信じちゃいけない
小菅:答えなんて、見つけるまでが面白いわけでね。
山極:もっといえば、自然界には問いも答えもないんです。
自分が「アリさんって、こんなところでこんな動きをしているんだな」「あれ、不思議だな」と、関心を持って眺めているうちに、「なぜ?」という問いが次々出てくるわけです。
あるいは「こうしてみたら面白いんじゃないか」と考えて、アリを捕まえて落っことしてみたりして、与えられていない問いの中で自分が不思議だと思ったところに自ら関わっていくことが一番重要なわけ。そういう機会がパソコンでは一切与えられない。それが問題なんです。
小菅:しかも、パソコンに出てくる答えを信じちゃいますからね。
山極:まぁ、そういう仕組みになっているからね(笑)。
小菅:僕は、教科書に書いてあることも信じちゃいけないなと思うようになっています。というのも、以前、ある教科書に「ネズミが背中に卵を乗せて尻尾で固定して運んでいく」という記載を見つけたんですよ。
ネズミの尻尾は、筋肉も神経もそんな動きができるようにはできていないから、「これは間違いです」と教科書会社に伝えた。そうしたら教科書の会社から出典の文献が送られてきて、それを読むと、ある大先生が「……運んでいくと言われている」と書いている。これが教科書で「運んでいく」と断定されているんです。
この顛末をテレビで喋ったら、「私は見たことがある」という抗議が来たりしてひと騒動。その後、ネズミの権威の先生が登場して、「小菅さんの言うように、ネズミの尻尾は筋肉も神経もそういうふうにはできてないから不可能だと思います」と言ってくれてようやく収まったんですよ。
本当に正解かどうかは、自分の目で見ない限り信じちゃいけない。特に動物の世界に関しては、そう思うようになりました。







