30社へ手紙で取材依頼
トラブルが潜在化していた理由
藤田:その後、ルシアンHDが30社ほどを買収していることが分かり、全てに手紙を送りました。最終的に十数人の売り手側企業の関係者から話を聞く中で、「経営者保証が外れない」「現預金が抜かれる」という共通点が複数の事例で見えてきた。
M&Aは一件ごとに背景も経緯も違います。それでも事例を積み重ねることで、おぼろげながら「これが買い手の狙いではないか」ということが見えてきて、ようやく記事化の道筋が立ちました。
――こういったトラブルは当時からよくあったのでしょうか。
片田江:20年、21年とM&A件数が急増する中で、「訴訟が多い」「トラブルが起きている」という話は耳に入っていました。ただ、それが表に出てくることはほとんどありませんでしたね。
被害に遭った売り手側の経営者も、自分で会社を売却する決断をした結果、トラブルに巻き込まれたという事実を公にすることには抵抗があったのでしょう。M&A仲介会社も買い手側の関係者もトラブルがあったとは言わない。結局、誰も声を上げなかったため、問題は長い間潜在化していました。
藤田:それに、代表者がのらりくらりと対応している間は、売り手企業も何とか状況を改善しようと努力します。そういう状況では、メディアに話そうとは思わないんです。
先ほどのルシアンHDの例では、代表者が23年末に失踪し、にっちもさっちもいかなくなったことで、「話してもいい」と思う人が出てきた。被害者同士で連絡を取り合い、話せる人を紹介してくれたケースもありました。何とかお金を取り戻そうとしている段階では、取材には協力してくれませんね。
――朝日新聞が報じる以前は、ルシアンHDの件は業界では話題になっていたのでしょうか。
片田江:24年4月の初めごろだったと思いますが、大手M&A仲介会社の幹部から「これ知ってる?」と連絡が来たんです。「ちゃんと見ておいた方がいい」と言われたので、会社の登記を取ったり、ホームページを調べたりしました。
その役員の話では、この案件を仲介した会社が今後大問題になるかもしれないと。業界内でもじわじわと危機感が広がり始めていて、「同じような案件をたくさん扱っている会社は大変なことになるかもしれない」という空気があったようです。
ただ当時は、この問題がここまで規制強化やガイドライン改正につながるほど大きな話になるとは思っていませんでしたが、藤田さんの記事を読んで、「これは金融機関も絡む大きな問題だ」と感じました。
藤田:片田江さんと少し似ていますが、僕も「悪い買い手」を書くことよりも、その背景にある業界の構造的な問題を突き止めたいと思っていました。
ただ、十数件の事例を調べても、大手仲介会社が関与したケースはありませんでした。多くは中小規模の仲介会社で、問題が起きるとその買い手との取引をやめている会社も多かった。だから当時は、「もしかすると特殊な事例なのかもしれない」「大手では起きていないのかもしれない」とも考えていました。
ただ、第1弾の連載記事を出したときの反響は、自分が経験した中でもトップクラスの大きさでした。「うちも同じ被害に遭った」「似たような買い手がいる」といった情報提供も数多く寄せられたので、この問題をもっと掘り下げなければならなくなりました。
対談第2弾では、取材記者が見たルシアンHD事件について片田江記者と藤田記者にたっぷり聞いていく。
(※本稿は片田江康男記者の新刊『社喰い』(ダイヤモンド社)を記念した対談記事です)
記者。1979年東京都生まれ。2003年ダイヤモンド社に入社。06年より「週刊ダイヤモンド」記者。これまで取材したテーマは東日本大震災後の東京電力問題や、大手生命保険会社における金銭詐取問題など。21年からM&A業界を取材。M&Aのダークサイドに踏み込んだ『社喰い』(ダイヤモンド社)が好評発売中。
早稲田大学第一文学部卒業、同大学院アジア太平洋研究科修了後、2000年に朝日新聞社入社。盛岡支局を経て02~12年に「週刊朝日」記者。経済部に移り、18~19年に特別報道部、その後は経済部に所属。著書に『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)、『郵便局の裏組織 「全特」――権力と支配構造』(光文社)、『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)、『やってはいけない不動産投資』(朝日新書)、『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)、『強欲の銀行カードローン』(角川新書)がある。
Key Visual by Kaoru Kurata, Kanako Onda







