社喰い#10Photo by Yasuo Katatae

2024年10月24日、創業73年の名門・船井電機は突如として破産した。グループ全体で約2000人を超える従業員は給料日前日に失職を告げられ、そのニュースは日本中を駆け巡った。新刊『社喰い』(著・片田江康男、ダイヤモンド社刊)から、「令和のイトマン事件」とも呼ばれる船井電機の破産について、元社員の証言を元にした当日の様子を抜粋してお届けする。(ダイヤモンド編集部副編集長 片田江康男)

船井電機のいちばん長い日

「社員の方々は、本社5階多目的ホールに集まってください」

 そんな内容の社内放送があったのは、昼休みが終わって少し経った午後1時過ぎ。

 2024年10月24日、山崎宗孝(仮名)は、いつものように大阪府・大東市の船井電機本社に出勤していた。

 船井電機が経営危機に瀕していること、さらに2021年から社長を務める上田智一氏が、船井電機の全ての役職を辞任したことは報道で知っていた。

 新しい経営陣から事業に関する説明が行われるのだろう、山崎はそう考えた。

 多目的ホールに着くと、既に多くの同僚たちが集まっている。ふと部屋の前方を見ると、明らかに船井電機の人間ではない面々がずらりと並んでいた。

――この人たちが、新しい経営陣だろうか――。

 だが、集まった従業員たちを前に、彼らはおもむろにこう告げた。

「船井電機は本日、破産が申請され、即日裁判所から破産開始決定が下された。明日の給料は支払えない――」

 ホールは不思議なほど静かだった。

 生活基盤の消失を宣告されたにもかかわらず、混乱して取り乱したり、経営陣の責任を追及したりする者もいない。労働者の利益を守るはずの労働組合は、抵抗するどころかその説明を補足している。

 従業員たちは、全てを受け入れたかのように、ただその宣告を聞いていた。

 会社側と従業員との間で、事務的な質問と回答が淡々と繰り返された後、従業員らには一枚の書類が配られ、署名するように言われた。拒否する者は誰もいなかった。

 突然の破産と失職に呆気に取られ、山崎は署名した書類や、質疑応答の内容はよく覚えていない。

 加えて会社側から、午後からは仕事をする必要はないこと、社員証を返却し、私物を整理して帰宅することを命じられた。

 書類を提出し、呆然とした表情で従業員たちは各々元の職場へ歩きだす。山崎も手早く私物をまとめ、帰り支度を整えて20年以上働いた会社を後にした。

「またどこかで会いましょう――」

 もう会うこともないであろう職場の同僚と、形だけの挨拶を交わした。

 歩きながら胸に去来したのは、妻と子どもとの生活のこと、そして、こんな状況を招いた上田社長に対する恨みだった。

――経営のプロだと思って新社長に期待していたが、全く違った。できないなら、社長なんて受けるな。船井家も、なんであの人に託したんだ――

 今は別会社で働くが、依然として釈然としない思いを抱えている。