社喰い#7Photo by Yasuo Katatae

東京都足立区で40年以上続く建設会社の社長は、事業承継について長年付き合いのあるメインバンクへ相談した。しかし、メインバンクから紹介されたM&A仲介会社が引き合わせたのは、問題企業ルシアンホールディングスだった――。M&Aトラブルを追った新刊『社喰い』(著・片田江康男、ダイヤモンド社刊)から、その経緯を描いたルポを抜粋する。(ダイヤモンド編集部副編集長 片田江康男)

創業44年の優良地元企業
意気消沈した社長

「どいつもこいつも……、自分が甘かったんでしょうけど、腹立ちますよね」

 2024年10月末、向笠建設(仮名)の本社ビル1階の小さな応接セットで、向笠進社長(仮名)は9カ月前から続く災厄を振り返り、吐き捨てるように話し始めた。

 日中に訪れたにもかかわらず、室内は薄暗く、机の上には雑然と書類が置かれていた。東京では残暑が続いていたが、誰もいないオフィス内の空気は妙に冷たい。だからなのか、向笠社長は精も根も尽き果て、今にも萎んでしまいそうに見えた。

 向笠建設は東京都足立区に本社を構えている。土木工事を専門とし、従業員約20人と小規模ながら、公共事業の入札参加に必要な1級土木施工管理技士が複数人在籍。足立区が発注する造成工事の落札実績も複数回ある地元企業だ。

 1979年の創業からこれまで、バブル崩壊やコロナ禍など、幾度となくピンチが訪れたが、なんとか切り抜けてこられた。

 これも、確実に利益が取れる公共工事の元請け企業だからこそ築けた、盤石な財務基盤があったからだろう。足立区内の中小土木会社の中でも、安定感と実績が豊富な有力企業だったと言える。

 だが、2023年2月から向笠建設に次々と起こった災厄は、それまでのピンチとは異質のものだった――。

担当者はマメな男
紹介された見慣れぬ肩書き

 向笠社長は2022年5月、困った状況に直面していた。

 在籍していた1級土木施工管理技士のうち、三人が体調不良や転職で、相次いで退職してしまったのだ。

「1級土木施工管理技士は公共事業の入札には必須の資格です。それを持っていた社員がたて続けに辞めてしまい、今後の見通しが立たなくなってしまいました。どうするかと考えて、大手の傘下に入れば、この先もやっていけるのではないかと。そう思って、まず相談したのが、長年の付き合いがある城北信金でした」

 城北信用金庫(以下、城北信金)は、向笠建設の本社がある足立区など、東京都内の北部から埼玉県南東部を中心に支店を構える地域金融機関だ。

 中小企業に対して融資だけではなく、マーケティングや販路拡大、資金繰りなど、それぞれが抱える経営課題をサポートし、個人の顧客には預金や住宅ローンを提供している。

 向笠建設と城北信金は、運転資金の融資や協力企業との決済など、20年以上さまざまな取引を行ってきた。いわゆるメインバンクだ。

 故に、向笠社長はこれまで、何か困ったことや迷うことがあったら、まず城北信金に相談してきた。担当者は定期的に会社に顔を出すマメな男で、向笠社長も頼りにしていたという。

 2022年10月ごろ、向笠社長は資格保有者が退職したこと、それをきっかけに大手の傘下に入ろうと思っていることついて、城北信金に相談。担当者はいつものように素早く対応してくれたという。

「担当者は『うちのビジネスソリューショングループに話をしてみます』と言ってくれました。数日後、その担当者が連れてきたのが、事業承継について相談を受けたり、M&Aを手がけたりする部署の人でした」

 差し出された名刺の肩書きは、「ビジネスソリューショングループ課長代理」。名前の下には聞きなれない「事業承継シニアエキスパート」「M&Aシニアエキスパート」という資格名もあった。

 改めて人手不足の現状や、大手の傘下に入りたいという希望を話すと、ビジネスソリューショングループの課長代理は、すぐにM&A仲介会社を紹介すると言って、2社と引き合わせる段取りが進められた。

「城北信金と提携しているM&A仲介会社を紹介しましょうと。それがジャパンM&Aソリューション。それと、日本M&Aセンターも紹介してもらうことになりました」