Photo by Yasuo Katatae
「10億円送金してほしい」「数億が必要だ」――。2023年4月、家電メーカーの名門・船井電機HDは美容脱毛サロン大手「ミュゼプラチナム」の運営会社を買収した。ところが買収後に待っていたのはミュゼから繰り返される“カネの無心”。少なくとも30億円がミュゼや関連企業へと流れ、船井電機自身の資金繰りまで悪化していく。新刊『社喰い』(著・片田江康男、ダイヤモンド社刊)から、船井電機を喰ったミュゼ買収の内幕を抜粋してお届けする。(ダイヤモンド編集部副編集長 片田江康男)
船井電機最大の“悪手”
33億円で脱毛サロンを買収
2023年4月、船井電機HDは美容脱毛サロン大手「ミュゼプラチナム」の運営会社を33億円で買収した。買収にかかる資金は、船井電機HDが横浜幸銀信用組合から借り入れている。
ミュゼは当時、数百万人の会員を抱える業界トップのブランドだった一方、長年にわたって資金繰りに苦しみ、株主が次々と入れ替わる状況にあった。
それでも船井電機側は、ミュゼの巨大な顧客基盤を生かし、脱毛だけでなく美容家電などの新事業を展開することで、低迷する船井電機を再建する構想を描いていた。
ところが買収から約半年後、ミュゼを取り巻く事業環境を急速に悪化させる事態が起こった。当時船井電機の社長を務め、破産後の2025年1月に取材に応じた上田智一氏の説明はこうだ。
「2023年10月に消費者庁から出されたステルスマーケティング規制によって、インフルエンサーによるマーケティングの費用対効果が劇的に下がってしまいました。ミュゼの業績は、極めて悪化しました」
ミュゼにとってモデルやインフルエンサーを使ったSNSマーケティングは、資金を調達し、店を稼働させる“エンジン”のようなものだった。ステルスマーケティング規制は、そのエンジンを急停止させる力があったのだ。
SNSマーケティングさえ続けられれば、前受金という名の運転資金が得られた。だが、それが封じられたのだから、資金繰りは一気に詰まる。
「10億円送金してほしい」
船井電機を喰ったミュゼ
ミュゼは、すぐに末期症状を見せ始めた。
2023年12月には広告やマーケティング費用の支払いが遅延している。こうした状況を察知した横浜幸銀は、船井電機に対して連帯保証の履行を請求。船井電機には突如として33億円の返済義務がのしかかった。
船井電機の元幹部は、当時を思い出していまだに顔をしかめる。
「ミュゼから連絡が来るんですよ。『シーツを交換するために業者にカネを払わないといけない。タオルの交換にもカネが必要で、カネが払えないと開店できない。だから10億円送金してほしい』とか、『従業員の給料のために数億円必要だ』とか。ガンガン連絡が来ていました。何なんだ、どうなっているんだと思いました。カネがないって、あんたらの努力はどうしたんだと。何でミュゼの社員の給料を船井電機が払わないといけないんだって思っていましたね。失礼極まりない会社だと思いました」
元幹部の恨み節は止まらない。
「船井電機の経理は、子会社のミュゼに直接そう言われたら、何とかしないといけないのかなと思うわけです。どんどん(資金を)送らされる。(2023年)5月以降はもう、船井電機だってカネがなくて、資金繰りが危なかったんですよ」
船井電機の取締役や幹部らは、さも当たり前のように送金を求めるミュゼに困惑していた。それも当然だろう。少なくとも30億円が、ミュゼやその関連企業へ、貸付金などの名目で送金されたことが後に判明している。
当時の上田氏について元取締役はこう打ち明ける。
「ミュゼを買収してからの上田ってのは、人間が違っていたように思います。目が据わっているというか、何を考えているのか分からないし……」
さらに、美容家電事業への参入も、成果はほとんど出ていなかったようだ。
元取締役は次のように話す。
「美容家電のサンプルは作られていました。うちのエンジニアも開発に関わっていましたが、業績の改善につながっているようには見えませんでした」
繰り返されるカネの無心に、一向に形にならない美容家電事業、さらにトドメとなったステルスマーケティング規制。
このままではミュゼに喰い尽くされる――。
そんな危機感が、船井電機にはあったのだろう。
買収からわずか1年後の2024年3月、買収時に描いた戦略を何一つ実現できないまま、上田氏はミュゼの売却を決めた。
船井電機から切り離されたミュゼは、ここからさらに深い闇へと転がり落ちていく。
(※本稿は片田江康男記者の新刊『社喰い』(ダイヤモンド社)を抜粋・編集した記事です)
記者。1979年東京都生まれ。2003年ダイヤモンド社に入社。2006年より『週刊ダイヤモンド』記者。これまで取材したテーマは東日本大震災後の東京電力問題や、大手生命保険会社における金銭詐取問題など。2021年からM&A業界を取材。M&Aのダークサイドに踏み込んだ『社喰い』(ダイヤモンド社刊)が好評発売中。
Key Visual by Kaoru Kurata, Kanako Onda







