人に会わない高市主導の「公邸(皇帝)政治」はいつまで続く?トランプ一辺倒に限界も自身が米国から制裁対象に指定されたことを受け、日本記者クラブ主催のオンライン会見で発言する国際刑事裁判所(ICC)の所長、赤根智子 Photo:JIJI

「江戸いろはがるた」の1枚が思い浮かぶ。

「葦(よし)の髄から天井のぞく」

 新聞各紙の首相、高市早苗の動静記事から伝わってくる日本政治の光景だ。土曜、日曜は「終日、公邸で過ごす」の1行だけ。平日も公邸を出るのはかなり遅い時間。そして早い時間帯に公邸に戻る。これについて高市は8月22日のXで反論した。

「公邸にいることで職員や警護の負担を軽減できる」「官邸で執務している時と変わらない環境をつくっている。『公邸も職場』というのが実感だ」

 しかし、どれほど高市が釈明しても恒常的に面会をほとんどしていない事実は否定しようがない。高市は各省の文書など活字を通して情報を得ているようだが、頭に残る情報量は高が知れている。何よりも理解度に各段の差が出る。

 歴代の首相は多くの知識人、学者、専門家と面会を重ねた。元首相の竹下登は自民党幹事長時代に「幹事長室は歩行者天国」と称していた。つまり出入り自由ということを意味した。竹下は「人が来れば情報を運んでくる」と語り、「耳学問」の大切さを説いた。

 どれほど優れた能力があったとしてもこの世に起きる森羅万象全てを理解できるはずがない。とりわけ外交は会うことが全てといっていい。ところが高市は歴代の首相の多くが行ってきた国会が閉会中の外国訪問を見送った。首脳外交が常態化している中で日本の存在感はますます小さくなる。