消費減税を巡って次々と上がった「待った」の声、年末の来年度予算編成で首相は壁にぶち当たる?自民党税制調査会のインナー幹部ポストを辞任した経緯について、記者団の取材に応じる元経済産業相の小渕優子=8月3日、東京・永田町の自民党本部 Photo:JIJI

 8月14日付の朝刊各紙に載った死亡記事に目が留まった。元財務事務次官で、日本政策金融公庫総裁を務めた細川興一(享年79)。中曽根康弘内閣の官房長官、後藤田正晴の秘書官に起用され、中曽根を引き継いだ竹下登内閣でも官房長官秘書官を続投、小渕恵三に仕えた。その小渕が首相に就任すると小渕の指名で首相秘書官に抜てきされた。とりわけ竹下内閣では首相秘書官の故小川是(後に大蔵事務次官、横浜銀行頭取)と共に消費税導入に心血を注いだ熱血官僚だった。

 旧自由党の党首小沢一郎と決別、連立政権を解消した2000年4月1日の夜、小渕は脳梗塞で倒れ、政治生命を失った。細川は官邸と首相公邸をつなぐ渡り廊下で小渕を見送った秘書官の一人でもあった。晩年は体調を崩し、息を引き取る直前まで首相、高市早苗が進める飲食料品を対象にした消費減税の行方に気をもんでいたという。

 細川が最後に公の場に姿を見せたのも、小渕の次女で元経済産業相の小渕優子が主催した出版記念パーティーだった。8月12日、東京・品川区の桐ヶ谷斎場で営まれた家族葬に参列した現職の国会議員は優子だけ。初当選以来、細川の薫陶を受けてきた優子は高市の減税路線に公然と異を唱え、自民党の税制調査会のインナーと呼ばれる幹部ポストを辞任した。

「父が命を削り、先人たちが大きな犠牲を払って創設し、3%で始めた税率を10%まで引き上げてきた消費税は将来の日本を支える土台だ」