つまり、上司が忙しそうにしているだけで、部下は自ら学習の機会を閉ざしてしまうのである。

 もちろん、上司にとっても、部下から突然アイディアを持ち込まれても、それを評価し、実行可能な形に整える時間的・心理的余裕がないことは多々あるだろう。だが、たとえ上司が本心では部下の積極的な意見を求めていたとしても、あまりにも忙しそうな空気を醸し出していれば、部下の自主規制を誘発してしまう。

パワハラとは無縁の上司でも
部下は一発で心を閉ざしてしまう

 人は地位の高い相手に意見を述べる際、どうしても暗黙の社会的通念に縛られやすく、それは心理的安全性と誠に相性が悪い。

 こうした社会的通念には、以下のものがあるという(※注6)。

(1)既存のやり方やプロセスに疑問を呈すると、その担当者や支持者への攻撃となり、リスキーである。
(2)確かなデータや解決策の提示ができないときは、発言すべきでない。
(3)上司が答えられるかわからないことを、上司の上司の前で尋ねてはいけない。
(4)問題や非効率さを公の場で指摘して、上司に恥をかかせてはいけない。
(5)昇進や高い評価を得たいなら、「静かにやっていく」ほうが報われる。

 どれも多くの人にとって身に覚えのある感覚だろう。我々は幼い頃から、地域社会や学校生活を通じて、上下関係の中で波風を立てない態度を学んでいく。その結果、たとえ上司がこれまで一度も激高したり、報復的な措置をとったりしたことがなくても、部下はその社会的通念に従って自然に防衛的な態度をとってしまう。

 逆にいえば、ただ一度でも上司が露骨に不機嫌な態度を示せば、部下の防衛本能は即座に働き、「黙る」ことが選択されてしまう。そうなると、上司がいかにその後、心理的安全性を築こうと努力しても、部下から率直な発言を引き出すことは至難の業となる。

 ここでもまた、上司と部下、組織と個人はすれ違ってしまい、組織の学習どころではなくなるのである。

※注6 Detert, J. R., & Edmondson, A. C.(2011). “Implicit voice theories : Taken-for-granted rules of self-censorship at work,” Academy of Management Journal, 54(3), 461―488.