野中郁次郎(以下、野中)なるほど、面白いですねえ。アベグレンがとくに注目したのは、経営者と従業員との、相互にロイヤリティの高い関係性だったと思います。じつは、有名な「終身雇用」の原語は「lifetime employment」ではなく、「lifetime commitment」。雇用という表現をアベグレンは使っておらず、「コミットメント」と言っています。このことは日本的経営を説明するうえで、大きな意味があるのではないでしょうか。
彼自身は太平洋戦争で、米海兵隊第3師団の一員としてガダルカナル島や硫黄島などの上陸作戦に参加した経験をもっており、日本兵と戦い負傷しています。海兵隊員に根づく「Once a Marine, always a Marine(生涯、海兵隊員)」という行動規範と、日本企業におけるロイヤリティとに通底するものを感じたのかもしれません。
ただ、彼の指摘は、まだまだ発展可能なものだとは、私も感じていました。ですから、実証研究をもとに、日本企業の経営、その「生き方」についての独自の理論を日本人の手でつくり、世界へ発信したい。私には、そういう強い思いがありました。
経営学の答えは『論語』にあり?
分析重視の研究者が転向した理由
岩尾 野中先生は「分析から入ってはいけない」とおっしゃっていますが、私は数年前までは「分散型AIを大量につくって相互作用させるという世界最先端のコンピュータ・シミュレーション技法を使って経営学を研究しているんだ」と、鼻息が荒かったんですよ。
野中 あら、そうなの。
岩尾 大学院の経済学研究科と情報理工学系研究科の両方に籍を置き、まさに「分析ありき」の経営学を研究していたのです。でも途中でこれはごまかしだと思って転向しました。いまは、「経営学の要諦は『論語』に書いてある」と唱えています。
野中『論語』ですか。
岩尾 はい。もっと言うと、孔子が手本にした、周の文王の徳治政治です。彼は民衆からたいへん慕われたリーダーで、約3000年前に「経営」という言葉をつくった人でもあります。お経の「経」という字は、「こうすればみんなが幸せになる」というビジョンをわかりやすく示す。設営の「営」は、そのやり方を具体的に教えるという意味で、昔は地面に縄を張って説明したようです。







