「努力なしで世界で勝てますか?」と聞かれたら、多くの人は「いいえ」と答えるだろう。しかし、次のように問われたら、あなたはどう答えるだろうか?
「努力だけで世界で勝てますか?」
今回の対談ゲストは元陸上選手の為末大氏だ。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年3月現在)で、元プロ陸上選手の為末氏は陸上競技の中でもとりわけ競技人口の多い100メートルから400メートルハードルに転向し、陸上スプリント種目の世界大会で日本人初のメダルを獲得した。その際に、彼がとった戦略は「諦めること」だという。
ともするとネガティブに聞こえがちなこの言葉には、為末氏なりの深いメッセージが込められている。ボストン コンサルティング グループ日本代表の水越豊氏が先のソチオリンピックを振り返りながら、スポーツとビジネスで必要な「生き延びるための戦略」について、為末氏と語り合った。
(構成 曲沼美恵/撮影 宇佐見利昭)
「もう少しで成功するから頑張る」と
「ここまでやってきたのだから頑張る」は違う
水越 為末さんの近著『諦める力』(プレジデント社)を拝見して感じたのは、「諦める」とは「卒業する」という意味かな、ということです。日本語で卒業というと、何かの終わりを感じさせますが、アメリカでは学位授与式のことを「Commencement(コメンスメント)」と言い、「新しい生活の始まり」という意味を含みます。為末さんが使われている「諦める」という言葉にも、そういう前向きなニュアンスを感じたのですが。
為末 おっしゃるように、「諦める」という言葉は日本語だと否定的なニュアンスの強い言葉です。でも、漢和辞典で調べると、そこには真っ先に「あきらかにする」「つまびらかにする」という意味が記されています。諦めるためにはまず、自分自身の能力を正確に把握しなければならない。つまり、諦めるという言葉には本来、「自分の才能や能力、置かれた状況などをよく理解し、今、この瞬間にある自分の姿を悟る」という意味が含まれているのかな、と思いました。