11月10日に北京で行われた日中首脳会談の意味は大きい。それに先立って発表された合意文書では、巧みな外交表現で両国の妥協点を見出している。アメリカが両国に対して、関係改善を強く働きかけたことは間違いないが、今回の首脳会談が中国との敵対関係にずるずると入り込むことを防ぐ第一歩となるなら、経済面ばかりでなく安全保障上の成果は極めて大、と言えよう。

合意文書の巧みな外交表現

 安倍総理は11月10日、北京で習近平主席と初の首脳会談を行った後、「戦略的互恵関係に立ち戻るための関係改善の第一歩になった」と語った。これに先立ち日中両国政府は7日に「日中関係の改善に向けた話合い」と題した合意文書を発表した。本来これは首脳会談で両者が対話し、合意した形にして発表されるもので、事前の公表とは極めて異例。国会が開かれる前に質問と答弁を書いた「想定問答集」が公表されたような形だ。もし首脳会談でどちらかが議論を蒸し返し、口論でも始まっては大変だから、円満に終わらせるにはこの方が良かったのか、とも考える。

 もう一つの理由としては日中に関係改善を強く求めてきたアメリカのケリー国務長官がAPEC(アジア太平洋経済協力会議)閣僚会議のため北京入りしていたため、同氏に日中が早く成果を通知する必要があり、日中いずれが先にケリー氏に会うか、で対立したり、もしその内容が日中首脳会談前にメディアに漏れれば不体裁だから、「いっそ日中同時に公表してしまおうか」となったのかもしれない。ケリー氏は7日に日本の岸田外相と中国の王毅外相から個別に説明を受け、8日の記者会見で「米国は心から歓迎する。日中の関係改善と緊張の緩和は地域にプラスだ。今回の合意は始まりであり、問題をどう解決していくか、今後話し合っていかねばならない」と評価した。

 焦点の尖閣諸島等、東シナ海の緊張状態について合意文書は「双方が異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて情勢の悪化を防ぐとともに危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた」とする。「双方が異なる見解を有している」のは事実だから、日本の反中派も中国の反日派も非難しにくい巧みな外交的表現で、領土問題、あるいは領土論議の存在をある程度認めたことになる。だがこれにより「戦略的互恵関係」を発展させる方針が復活し、日本が尖閣諸島の実効支配を継続することを中国が黙認する「棚上げ」が事実上決まり、武力紛争が避けられる状況となったことは、日本にとって大きな得点と考える。「棚上げ」は合意文書に書かれていないが、それこそが「棚上げ」あるいは「黙認」たる所以だ。

 昨年6月、オバマ大統領と習主席がカリフォルニアのパームスプリングスで2日間の首脳会談を行った後、中国の王毅外相は国内の講演や昨年9月27日の国連演説で「棚上げでもよい」と言い始め、アメリカ側も「現状を変更すべきでない」と言うようになった。米中首脳会談で両者はそれで合意していたと思われる。中国の姿勢は、領有権の主張は変えないが、日本の実効支配は黙認する。施設の建造などの現状変更はしないでほしい、というもので、所有者が私人から国に変わったことを除いて、ほぼ全て元通りになるから、妥当な落とし所か、と思われた。

 だが日本外務省は民主党タカ派の前原誠司外相の時期以来「領土問題はない」と言ってきた手前、「棚上げは認められない」と言わざるをえず、論理の筋は通っても交渉がしにくい自縄自縛になった。