オリンピック招致の最終プレゼンを契機に、各所で注視されている「おもてなし」。日本人の細やかな心づかいを製品、サービスに反映させて収益向上につなげようと考える企業は多いと思うが、そこに落とし穴はないか?グロービス経営大学院の山口英彦が近著『サービスを制するものはビジネスを制する』のコンセプト等も反映させながら問いかける連載。第5回は前後編となります。
※この記事は、GLOBIS.JP掲載「マーケティングが苦手な「おもてなし」の扱い方 前編(おもてなしで飯が食えるか?)」の転載です。
「おもてなしをアピールして、売上を伸ばそう」と密かに企てている方には残念ですが、本来のおもてなしというのはマーケティングの対象物としては非常に扱いにくい代物です。うっかりすると、限られた人だけが楽しめるニッチな営みで終わってしまいます。
おもてなしをそんな自己満足で終わらせずに、課金につなげて収益化する、顧客開拓にもつなげて規模化するにはどうしたらいいか?今回はおもてなしのマーケティングについて前後編で考えてみたいと思います。
おもてなしは顧客を選ぶ
最初に、おもてなしが良しとする方向と、通常のマーケティングが目指す方向とが、必ずしも一致しない現実を知っておきましょう。
まず、おもてなしの提供は、消費者向けマーケティングが前提とするような不特定多数の顧客を相手にするのが得意ではありません。良いおもてなしをするには、良い意味で「客を選ぶ」ことが理に適っています。
茶道の世界なんかでよく耳にしますが、皆さんは「客ぶり」という言葉を聞いたことがありますか?茶道の席では、もてなす主人の側ばかりではなく、もてなされる客人の側にもその場に相応しい振舞いが求められます。お茶の世界に限らずとも、顧客の立場でありながら、他の顧客の居心地が良くなるような物言いをしたり、店側がもてなし易いようにさりげなく動いたりして、場の雰囲気を創り上げるのに貢献してくれるお客さまっていますよね。こういう人を「客ぶりがいい」と表現します。
おもてなしは、主人から客人へと一方通行で提供されるものではなく、「主客の相互性」と言われるようにもてなす側・もてなされる側、双方の働きかけによって場の価値が高まっていきます。つまり、もてなす側としても「客ぶりのいい」人に参加してもらった方が、おもてなしの完成度は上がる訳です。
また優れたおもてなしで有名な旅館や料亭は、必ずと言っていいほど常連客との付き合いを大切にします。その理由はいろいろありますが、1つには「個別のお客様の諸事情、例えば食べ物に関する好き嫌いや、健康上気をつけていることなどが把握できていないと、適切なおもてなしができない」があるでしょう。おもてなしとは、顧客それぞれのニーズや状況に応じて内容を変えていくものですから、やはり一見客よりも勝手知った常連客を優先する、つまり「客を選ぶ」方が、おもてなしもやり易いはずです。