中国のPM2.5の報道が出る度に「中国はひどい」と言われるが、似た状況をわが国は経験済みだ。しかしながら、課題先進国として、隣国の社会的課題を予見して具体的な行動に出なかったかことは、いささか残念ではある。歴史問題もわからなくはないが、「大人になる」必要があったのではないか。

 筆者は今でも、覚えていることがある。小学4年生のときだ。父親の仕事でアメリカに住んでいた子が転勤してきた。彼の話によると、学校では先生が授業で水俣病の写真を使いながら、「日本は『企業の成長』と『人の尊厳』を天秤にかけた」と、子どもたちに伝えていたらしい。海外からは、日本企業は自らの「使命」を忘れている、と見られていたのかもしれない。

「技能」に関わる立場として
伝承の社会的模範となるべし

 また以前、金沢で伝統工芸品を扱う企業の社長が話していたことがある。「漆の食器なんて、食洗機にかけれないから若い人は避けるんだよね。でも、我々はこの技能を守る使命がある」と。

 伝統工芸も製造業だ。逆に言えば、製造業も以前は伝統工芸だったはずだ。少人数の手づくり体制から機械化・組織化したモノづくりに移行した企業は製造業に分類され、昔ながらの職人気質のモノづくりを守り続けた人は伝統工芸と呼ばれた。

 ノリタケはわかりやすい例だ。高級食器を職人が手づくりしていたが、機械化を行い量産可能とした。その陶器加工の技術を活かして、プリント基板の加工など新規事業へも進出を果たした。

「日本」そのものがブランドとして、世界から評価されていることは有難い。その背景として、伝統工芸などの職人文化を美しい物語として伝え続けてきたことが、良き方向に作用しているのは間違いないだろう。

 たとえば『National Geographic』などで、蒔絵が施された漆器の写真が「日本人が誇る繊細技術」と紹介され、それを見た人がディーラーから「日本車は品質が良いので安心ですよ」と営業トークを受ければ、相乗効果になるはずだ。