人間の性格を外から変えることは難しい、しかし、行動を変えることはできる。その行動を繰り返していくと、それが習慣になる。習慣になるとそれで初めて内面が変化する。

 だから、やる気の出た、目標を持った人間には、行動を変えるように指示をする。

 それと同じで、プロ野球の選手でも、やる気のある選手には、それまでとは違う行動を無理矢理取らせることによって、内面を変えていく方法もある。軍隊のブートキャンプなども皆そうだ。むしろそれが将来的に動機付けになるのだと考えられている。強制すると、一見モチベーションを落としてしまうように思える。しかし、それで成功体験をすれば、それを続けることが快感になる。だから強制することも実は動機付けの1つとして検討すべきことだと思う。

成果主義は
差をつけるためにある制度ではない

 では、少し元気がなくなってしまった人を再活性化させるにはどうしたらいいだろうか。元気がないということはどういうことかと言うと、仕事に関する限りは、何回かうまくいかないことがあって、それで何となく萎縮している状態だろう。「学習性無力感」だ。

 頑張っているけど、なかなかそれが成果に結びつかないと、次に頑張ってもどうせうまくいかないだろと思ってしまう。要するに、負け癖を学んでしまうという状態だ。

 こういう時は、負け癖などついていないと、暗示をかけるしかない。要するに、努力を続けさせる動機付けが大切であって、成果を短兵急に求めないほうがいい。成果ではなくて努力に価値がある、努力を続けていると必ず成果が出るというふうに持っていく。

 さらに言うと、その成果は小さくてもいいから、確実に成果が出る仕事を与えることが重要だ。

 ここでかえって成果でお尻を引っぱたいたり、大ヒットを飛ばさせようとすると絶対に失敗する。バントでいいから出てご覧とやらないといけない。ヒット1本で変わる、しかも「そのヒットはお前の努力の結果で偶然ではない」「ほれみろ、やればできるじゃないか」という認知をどうやってリーダーが作れるか、そうした場を作れるか、これが重要なポイントだと思う。

 厳しくすればするほどやる気が出るかというと、そんなことはないのだ。