不正の規模は「個人では不可能」
世界トップシェア争いが組織を狂わせた
本連載「黒い心理学」では、ビジネスパーソンを蝕む「心のダークサイド」がいかにブラックな職場をつくり上げていくか、心理学の研究をベースに解説している。
独フォルクスワーゲン(VW)の衝撃的なニュースが報じられて以降、様々なコラムやニュースで、その影響や原因が議論されている。
事件の影響については、VW倒産説から賠償額、CEOは刑事責任を問われるか、等々が報じられるが、原因については、誰しもが「なぜ、自らの首を絞めるような大規模不正をVWが行ったのか」を皆、「謎」としている。
そのうえで、欧州における排ガス規制のダブルスタンダード(試験走行と現実の走行との隔たり)や、EU内でのチェックの厳しさ等を主な理由に挙げている。
そういった、政治経済的環境要因は他のドイツ車メーカーも同様である。もしかするとBMWやダイムラーが同様のことをしている可能性はなくはないが、少なくとも現時点ではBMWの1車種のみの不正疑惑が報じられただけで、VWのような大規模不正の証拠は見つかっていない。
とすると、VWだけが持っていた不正の「病巣」がどこかにあるはずだ。今回はそれを心理学の視点から分析してみたい。
これまでのニュースやさまざまなソースを見る限り、VWの不正の陰には、少なくとも5つの社会心理学的現象が起こっている。それらは、①集団主義、②フレーミング効果、③集団思考、④権威主義、⑤社会的手抜き――と呼ばれるものだ。順に解説する。
①集団主義
集団主義の正確な定義は、専門家の間でも意見が分かれるが、はっきりしているのは「個人の利益よりも集団の利益に価値を置く」という点だ。
集団主義は「社会のため、組織のために、皆が一丸となる」という良い側面がある一方で、「集団のためには個人を犠牲にする」という負の側面がある。今回、VWの不正について、わずか数人だけが知っていたというCEOの「言い訳」は、にわかには信じられないだろう。日産自動車のカルロス・ゴーン社長兼CEOも、「あれだけの規模の不正を個人ではできない」と話している。
そうならば、皆不正については感づいているのに、集団利益のためにそれに反することができない、という膠着状態にVWが陥っていたと見るのが妥当だろう。
そして重要なのは、そういった過度な集団主義が起こった理由だ。それはVWが世界トップシェアめぐってトヨタと熾烈な競争をしていたことが要因だろう。
社会心理学の古典的な研究に、アメリカの研究者ムザファー・シェリフの行った「泥棒洞窟実験」がある。これは、ボーイスカウトキャンプを使った野外実験で、シェリフは少年らをランダムに2つのグループに割り振り、キャンプ中のさまざまな部分でグループ同士が「競争」するように仕向けた。
その結果、もともとお互いに何の感情も持っていなかった2つのグループは互いに、いがみ合い、さまざまなもめ事も起こした。その一方で、グループ内での結束は高まり「集団主義」が芽生えたのである。そしてグループ間の対立と集団主義は、お互いに協力し合わないと解決しないような「大問題」が出てこない限り、解消されることはなかったのである。