ダイヤモンド社刊
2100円(税込)

「最も重要でありながら最も理解されていないものが、市場における権力の構造である」(『産業人の未来』)

 いわゆる自由市場には、どんな種類の制約も存在しないといわれてきた。政府が企業や個人の経済活動に干渉せず、市場の働きに任せる状態をレッセフェール(自由放任主義)という。仏語で「なすがままに任せよ」の意味だ。

 だが、ドラッカーは、そのような無秩序な市場が存在したためしはない、と喝破する。若い頃に英国の金融街・シティで働いた経験を持つドラッカーは、市場ではどのように権力が行使されるのか観察していたのだ。

 英国金融の権威筋は、市場の代表的な機関、すなわち証券売買市場、資本調達市場、商品市場、外国為替市場などを通して、権力を行使していた。彼らは、市場のヒートアップを危惧しても、通達の類いを出さなかった。抑圧的な規制はルールに反したからだ。

 不心得者に対する権威筋の意向は、昼食時の雑談、電話でのさりげない会話、あるいは取引所や仲買人たちを通じて、非公式に伝えられた。このサインは、控えめに二回まで出される。そして、ある日突然、裏書が拒否される。それまで、不心得者が市場と関係していたことで得られた権利は、すべて取り上げられたという。

「市場には、常に市場自体の規制や権威が存在した。この経済的な領域における支配もまた、政治的な領域における政治的権力と同様、その権力を実際に行使した」(『産業人の未来』)