イノベーション経営を支えるCFOの役割森 洋之進・アーサー・D・リトル・ジャパン パートナー
藤田欣哉・アーサー・D・リトル・ジャパン マネジャー

戦略ストーリーと両輪での
キャッシュフロー・マネジメント

 では、イノベーションや成長を志向する企業は何を判断指標とすればいいのだろうか。それは、キャッシュフロー(CF)にほかならないと我々は考える。

 ROIが一定の条件下で導かれる一つの数字で事業採算性を測る“静的な”指標であるとすれば、CFは将来のどの時点でどの程度のリスクを取るかといった条件によって時系列でダイナミックに変化する“動的な”指標である。

アーサー・D・リトル・ジャパン
マネジャー
藤田欣哉

KINYA FUJITA
東京大学文学部社会心理学専修課程卒業、同社会情報研究所教育部修了。アメリカ公認会計士(デラウェア州)、中小企業診断士。通信会社、アメリカ系戦略コンサルティング会社、財務アドバイザリー会社を経て、アーサー・D・リトルに参画。ハイテク業界の再生・合併・投融資案件におけるビジネス・デュー・ディリジェンス、事業計画策定・実行支援で豊富な経験を有する。

 CFマネジメントにおいて大事なことは、ただ儲かればいいというだけではなく、キャッシュを生み出す戦略ストーリーやビジネスモデルを定義し、社内で共有することである。逆にキャッシュがあれば安心だと手元資金を貯め込む縮み志向は、真のCFマネジメントとはいえない。

 イノベーションを生み出すためには、リスク・テイクは避けられない。これまで存在しなかった新しい市場、新しい技術を生み出すためには、何かしらのリスクを取らなければならないからだ。リスクを伴うからこそ自社の提供価値をいっそう高める、あるいはさらなる差別化を生み出す可能性のある経営資源に投資する判断が重要となる。

 この時の投資判断基軸はキャッシュであろう。自社の強いところへの継続投資を通じて市場を生み出し、将来のキャッシュを創出する。それがイノベーション経営の根幹である。それを決断するのはCEOマターだが、CFOはそれが腹に落ちるまで理解し、エンドース(支持)する必要がある。

 ここで一つ、わかりやすい例を挙げよう。天然調味料の大手メーカー、アリアケジャパンは創業から33年目の1998年に当時の“売上高に匹敵する”100億円規模の製造設備投資を行い、他社に真似のできない多品種少量の自動システム工場を建設した。これをきっかけに同社は持続的成長を遂げ、2015年3月期の売上高は409億円、経常利益は75億円の規模に拡大している。

 アリアケは顧客である飲食店や食品メーカーのニーズに応じて、ラーメン・スープやデミグラス、フォンド・ボーといった天然調味料をカスタムメイドで提供している。顧客企業にとっては自社商品の味や品質の元であり、競合他社との差別化のカギともなる天然調味料であるが、そのレシピを顧客と共同開発し、安定した品質で提供しているのである。

 顧客にとっては、時間をかけてだしを煮出すという手間から解放されるだけでなく、アリアケから料理や商品のアドバイス、競合やトレンドの分析などの情報を得られ、結果、アリアケから離れられなくなる。

 これこそ、圧倒的に強い自動生産設備を持つアリアケが自社製品を市場に拡散させる“仕掛け”であり、半導体メーカーのインテルがボード・メーカーやOEMメーカーにリファレンス設計を提供しつつ、自社の半導体チップ・セットを供給する構造とその“仕掛け”が酷似している。同社が「食品業界のインテル」と称される所以である。

 このビジネスモデルの起点となっているのが、前述の100億円規模の大胆な投資判断なのだが、「新規投資でここまでコストを下げれば、天然調味料のマーケットはこれだけ伸びる」「ここまでの期間に工場をフル稼働に持っていけるはず」という戦略ストーリー、言い換えればキャッシュ創出のストーリーを経営トップがきちんと描けていたからこそ決断できたものと推察される。

 アリアケの場合、創業者であるCEOがCFOを兼務するような立場にあったと考えられるが、事業の規模や範囲が大きい場合はCEO一人に巨額の投資判断を担わせるのは荷が重く、CFOが参謀役として支えることになる。その際、CFOはCEOと対等に議論しながら事業の戦略ストーリーとキャッシュ創出ストーリーをすり合わせる必要がある。

 単に期間損益だけを見てROIを語るのではなく、長期の戦略ストーリーと、どこでキャッシュが減ってどの時点で新たに創出されるのかというストーリーを両輪で語り、資本市場や金融機関からの資金調達に結びつける。そうしたCFOの存在が、イノベーションを志向する企業には欠かせないものとなる。