「さらなる上をめざす」のが原動力
では、従来車両のタクシー運転手が、厳しいサービス水準を要求される黒タク乗務員になることのメリットは何でしょうか。最大の理由は、無線の配車依頼が増える、ということです。看板商品である「黒タク」を指定する配車依頼は、なんと無線全体の75%。その中には、契約企業からの依頼やVIP客の送迎、長距離の依頼も多く、営業収入は黄色タクシーに比べ、一乗務当たり5000円から7000円上がるといいます。
また、都内ホテル前などに黒タク専用乗り場があり、そこに乗り入れることができるなど、黒タクは従来車両のタクシーよりも有利に顧客を獲得でき、営業収入を上げやすくなっているのです。こうして黒タクの乗務基準を厳しくしたことで黒タクのブランド力と収益力が増し、そのことが乗務員たちのやる気を引き出す、という好循環が生まれました。
「黒タクがない時代、タクシードライバーは一生、黄色タクシーのままでした。経験を積めば徐々に営業収入は上がってきますが、売り上げが倍になるわけでもなく、モチベーションを維持するのが難しかった。やる気を引き出すためには、黒タクというチャレンジが必要だったのです」と望月さんは話します。
さらなるチャレンジとして、日本交通ではキッズタクシー(子どもの送迎)、陣痛タクシー、観光タクシー、高齢者向けのケアタクシーなど、さらに付加価値の高い「エキスパートドライバーサービス(EDS)」というサービスを開始しました。
これらのサービスは、企画から営業、販促、運用まで、さまざまな営業所から集まった乗務員たちによるプロジェクトとして始動。多様なバックグラウンドを持つ運転手たちの特技が活かされてできたサービスです。顧客からの評判は非常に好評で、キッズタクシーの立ち上げに携わった徳山さんによると、「お客さまからの感謝もダイレクトに感じられ、自分たちがサービスをつくっている、という気持ちもあり、メンバーのモチベーションはとても上がっています」とのこと。
黒タクの上にEDSというさらにハイレベルのサービスを設けることで、乗務員のモチベーションが高まっただけでなく、最近は入社希望者も変化してきたといいます。
望月さんによると、「入社希望者の23%の人が『観光ドライバーになりたい』『ケアドライバーになりたい』などEDSに対する志望動機を持っています。向上心のある人が増え、さまざまな資格を持っているなど優秀な志望者も増えました。最近では採用ホームページにもステップアップを前面に出すようにし、他社との差別化を図っています」とのこと。
日本交通では2020年の東京オリンピックまでに、東京タクシー観光ドライバーの認定資格を持ち、かつ英語対応ができるドライバーを増やしていこうと、育成に力を入れています。
黒タクの「おもてなし」を見事に実現させたのは、乗務員のチャレンジを応援する仕組みづくりにありました。
【Reflection 中原淳の視点】ルーティン化を打ち破る仕組み
どのような業務でも言えることですが、「タクシーを運転すること」も、日々、その業務にどっぷりと携わっていると、ともすれば「ルーティン化」する危険があります。
お客さんを乗せて、運転して、お金を受け取って、降ろす――この果てしないサイクルが、「惰性」を生み出してしまいがちなのです。「惰性」や「ルーティン化」が過剰になってくると、人は、新たな事柄に挑戦したり、能力を伸ばそうという意欲が失われがちです。
日本交通さんの試みは、運転手さんたちに、さらなるキャリアアップの機会(能力向上の機会)を与えることで、こうした「ルーティン化」や「惰性」を打破することを求めています。一方で、こうした「キャリアアップの機会」を、「事業の品質向上」「他者との差別化」「客単価のアップ」につなげ、高付加価値な新規のサービスを生み出していることが、非常に印象的です。
どんなに歴史の古い伝統的な事業においても、新たなマーケット創出のチャンスは存在します。「キッズタクシー(子どもの送迎)」や「陣痛タクシー」といったサービスは、そのことを思い出させてくれます。
2020年、オリンピックが東京で開催されます。おそらく、その折りには多くの外国人の方々が、「日本流・おもてなし」を愉しみにして、日本に訪れてくれるでしょう。その時、どのような高付加価値なサービスを提供できるのか。日本交通さんのこれからが、とても楽しみです。