「マイホームの価値がローン残高よりを下回ってしまった」——これを債務超過と言って騒ぎ立てる人がいるが、ファイナンス的な観点からすれば、それは明らかなミスリードだ。ファイナンス入門書『あれか、これか――「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門』のなかから、ノーベル賞を受賞したMM理論の考え方を紹介していこう。
ポケットを叩いても、
ビスケットは増えない
前回はMM理論(モディリアーニ・ミラー理論)の入門編をお送りした。が、この内容はMM理論のごく一部にすぎない。モディリアーニとミラーは1つの論文の中で3つの主張をしており、前回説明したのはその第1命題なのである。せっかくなので第1命題を少しだけ見てみよう。
第1命題:企業の市場価値はその資本構成から独立であり、そのクラスに見合った利益率ρkによってその期待利益を資本化することにより与えられる。
学術的な言い回しにひるまないでいただきたい。よく読めば、言われていることはきわめてシンプルだ。
とくに前半は前回見た内容である。企業価値が「その資本構成から独立」とは、その企業の資本がどれくらい負債から構成されているのか(どれくらい株主資本で調達しているのか)が、企業価値に影響しないということを意味している。これについて、ミラーはこんなたとえ話をしている。
「いま、巨大なピザが4分割されているとしよう。あなたはそれぞれを半分にして8分割することはできる。ピースの数は増やすことができるが、ピザの大きさを変えることはできない」
すでに大きさの決まっているピザをどのように切り取って分けても、ピザ全体の大きさは変わらない。当たり前のことである。これと同じように、資本構成を変えたところで、企業の価値が変わるわけではないのだ。
後半の言い回しもやたらと難解だが、「そのクラスに見合った利益率ρk」というのは、要するにそのビジネスが抱えるリスクに見合ったリターンのこと。
企業に求められるリターン(金利)は、企業側からすれば一定のコストであり、それはWACC(加重平均資本コスト)として計算できることは、過去の連載ですでに見たとおりだ。つまり、「ρk」とはWACCのことだと考えればいい。
また、「期待収益」とは将来のキャッシュフロー、「資本化」とは将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて正味現在価値(NPV)を出すことにほかならない。
それゆえ、企業や資産の価値を決定する要素は、将来のキャッシュフローと割引率(WACC)の2つだけだというわけだ。見てのとおり、ここには負債とか株主資本といった変数は出てこない。