近年、企業の経営者が認知症にかかり、経営や事業承継に悪影響を及ぼすケースが増えている。具体的に、どんなケースがあるのか、認知症にはどんな兆候があるのか、認知症治療に詳しい熊谷賴佳・京浜病院理事長、院長に実態を聞いた。(ダイヤモンド・オンライン編集部 山本猛嗣)
自ら病院経営でも経験した
認知症による大きな弊害
――最近、高齢の経営者が認知症にかかり、経営や事業承継に影響が出ているという話を聞きます。実際、多くの認知症の患者を見ている医師として、そんな話を聞くことは多いのでしょうか
認知症の経営者によるトラブルは、明らかに増えていると思います。じつは私の父もそうでした。父が亡くなる20年前に脳出血で倒れたのをきっかけに、私が病院の経営を引き継ぎました。その後、十数年経過して、年齢が88歳くらいになった時、突然「自分はお前に経営を譲った覚えはない」と言い始めたのです。
私は「えっ」と驚きました。もう経営を引き継いで10年以上経過していたわけですから。当時、すでに個人病院から医療法人社団に変更していましたが、それも覚えていないし、「気に入らない」と言い出しました。取引先の銀行とも十分に話し合って決めたことなのにまったく覚えていないのです。自ら登用した看護師長などの幹部職員も覚えておらず、「お前が勝手に看護師長にしたのか」と詰問されました。
1952年東京生まれ。医学博士。日本脳神経外科学会認定専門医、身体障害者福祉法診断指定医、日本医師会認定産業医、認知症サポート医。1977年慶應義塾大学医学部卒業後、東京大学医学部脳神経外科学教室入局。東京警察病院、都立荏原病院、東大医学部附属病院、自衛隊中央病院などの脳神経外科を経て、85年新京浜病院院長、92年京浜病院院長。2000年医療法人社団京浜会設立、12年理事長就任。Photo by Takeshi Yamamoto
それから、父は古くから勤務している医師や幹部職員らを集めて「これからはすべて私の指示に従うように」と言い始めました。当然、職員らは驚き、「大先生どうしたのですか、息子さんに病院を引き継いた際は、あれほど喜んでいたではないですか」と進言すると、なんと父はその職員らを全員退けて、自ら別の職員らを集めて「親衛隊」を組織しました。ついには「◯○本部」と看板を掲げた部屋まで設け、親衛隊の職員を通じて次々と病院内に指示を出し始めたのです。さらに、私のことを「信用できない」と、自分で弁護士に連絡したり、金庫を買い換えたりしました。
父はアルツハイマー病を発症してしまったのです。幸い、私は専門医であり、周囲も医療の知識のある人々です。状況はすぐに理解してもらえました。
私は職員や弁護士など周囲の人たちに、「父のことは何でもハイハイと聞いてください」と伝えました。もちろん、実際の病院経営は私が行っていました。