1970年代に一世を風靡した日本の繊維産業は、90年代後半、急成長する中国やインドに抜かれ、いまや昔日の面影はない。撤退が相次ぐなか、東レだけが繊維事業に注力し続けるのはなぜか。

「繊維産業は先細りではない。潜在力を秘めた成長産業だ」──。
東レの日覺昭廣社長は言い切る。

 日本の衣料品市場(小売りベース)は、2000年の15.5兆円から08年には12.5兆円まで落ち込み、20年には9兆円まで縮小すると見られている。いったい繊維産業のどこが成長産業だというのだろうか。

 東レが着目している市場は大きく二つある。一つは、海外市場、とりわけ中国やインド、ASEANなどの新興国市場だ。急速な経済発展により生活水準が向上すれば、衣料品や紙おむつ、さらにはシートベルトなど自動車向けの産業用繊維の需要も拡大する。「グローバルで見れば、繊維産業は今後も年3~4%の成長が見込める」(杉本征宏・東レ副社長)。

 もう一つは、日本の高機能衣料の市場である。03年に、ユニクロと共同開発して発売した保温性肌着「ヒートテック」は、昨年5000万枚を完売し、今シーズンは7000万枚の販売目標を掲げている。縮小する日本の衣料品市場にあって唯一、成長し続けている。

 10年3月期の業績は、東レの戦略が奏功していることを裏づけている。繊維事業は売上高が5252億円で全体の39%を占め最も大きい(上のグラフ1・2参照)。また、同事業の営業利益は121億円と全体の30%を占め、情報通信材料・機器に次ぐ稼ぎ頭だ。繊維事業は、屋台骨を支える基盤事業となっている。

 日本の繊維業界では断トツの規模を誇る東レだが、世界では下位に甘んじている。表(4)で示したように、ナイロン、ポリエステル、アクリルの3大合成繊維(合繊)の生産設備の能力で見ると、東レは年間65万1000トンで世界第10位にとどまっている。最大手はインドのRelianceで、設備能力は東レの3倍近くに達する。

 ここで一つの疑問が浮かぶ。世界の繊維業界では規模で明らかに見劣りする東レが、なぜ生き残り、利益を上げることができるのか。

 理由は三つある。第1の理由は表3に示されている。ここ十数年、日本の繊維業界は事業再編を繰り返してきた。帝人は03年にナイロンから撤退、旭化成もアクリルから撤退している。リーマンショック以降この動きがさらに加速し、いまや3大合繊のあらゆる素材をカバーできるメーカーは東レだけとなった。競合相手がいなくなったことで、残存者利益を得ているのだ。

 第2の理由は、海外勢とコストで勝負していないことだ。コスト競争力では、規模で圧倒的に勝るインドや中国勢に勝てるはずがない。そこで東レは、低価格品ではなく高付加価値製品に注力することで利益を確保している。