フィリピンは「無定見」で
同盟国としては頼りにならない
昨年7月9日付の本欄に私は「国民的議論もないフィリピンとの同盟関係が孕む危険」と題する解説を出した。
フィリピンに対する新造巡視船10隻の無償供与や、同国海軍と海上自衛隊の恒常的共同訓練、同国に派遣される自衛隊の法的地位に関する協定検討開始の合意などにより、日本がフィリピンと事実上の同盟関係に入りつつある状況を述べ、フィリピンは良く言えば「柔軟」、悪く言えば「無定見」な動きを何度もしてきただけに、同盟国としては頼りにならず、同国が南沙問題では適当なところで手を打ち、中国との経済拡大を目指す可能性が少なくないことを指摘した。
特に艦艇は30年以上の寿命があり、他の兵器より大きく、公海上を走り回ってはるかに目立つから、フィリピンが中国と和解したり、日中の「戦略的互恵関係」が深まったような場合、巡視船はかつて日本がフィリピンを中国と対抗させようと図った“記念碑”のようになりかねない、と警告した。
私は数年先の見通しのつもりでこれを書いたのだが、その僅か10ヵ月後、今年5月9日のフィリピン大統領選挙でダバオ市長ロドリコ・ドゥテルテ氏(71)が当選し事態は予想より早く急変した。同氏は選挙中から中国との経済関係拡大を唱え、麻薬犯罪の容疑者を裁判にかけず、警官や民間人の自警団がその場で射殺することを奨励していた。6月30日の大統領就任から10月初旬までに警察が1520人余、その他が1830人余を殺害したことを公表している。これでは冤罪や怨恨による殺害も不可避だろう。
オバマ米大統領がこれを人権侵害と非難するとドゥテルテ氏は「売春婦の息子」などと罵倒(9月5日)、ダバオ市を中心とするミンダナオ島にイスラム系ゲリラ制圧のために派遣されている米軍特殊部隊(500人程度)は「出て行かねばならない。米国と共にいる限り平和は訪れない」と演説(同12日)、南シナ海での米軍との共同哨戒活動にも「敵対的行動には参加したくない」と述べた(同13日)。米大統領は「地獄に行け」とイラン過激派のような発言もしている(10月4日)。同国のデルフィン・ロレンザーナ国防相は10月7日「南シナ海での哨戒不参加を米国に通知した」と発表した。
フィリピンは1951年に米比相互防衛条約を結び現在もこの条約は有効だが、1991年にスービック湾の米海軍基地の地代を巡ってフィリピン上院は基地協定の更新を拒否、92年に米軍は撤退した。
同国の1987年の憲法は原則として外国軍の駐留を認めず、例外的にそれを認めるには上院の批准が必要だが、フィリピン政府は2002年から米特殊部隊が「テロとの戦い」のためミンダナオに展開するのは駐留ではなく「一時的な巡回」だとの「柔軟」な解釈で許可した。