本の「代読」で経営者のシミュレーションをせよ

本の本質を理解し、それを経営者に伝える過程で経営者の視点を学ぶ機会になります

 経営者の秘書(経営補佐の秘書)を続けていると、いろいろなことを頼まれる。私の場合は、時間のない経営者の代わりに本を「代読」し、内容を要約して伝えるとともに、その内容から経営者の思考を発展させるための話し相手をする、ということを要望されていた。それなりに著名な経営者として、話題の本を全く知らないというのはよろしくない。しかし、すべて自分で読むほどの時間はない。そんなときこそ「秘書の出番」というわけだ。

 この「代読」ですべきなのは、(1)著者が伝えたいことを著者の論旨から外れないよう要約する、(2)経営者が質問するであろうことを予測して、あらかじめ回答を用意しておく、(3)自分がその本から得たもの、本を読んで考えたことをまとめる、という3つのことである。

 優秀な経営者は、この3つのことすべてに対して高いレベルの回答を用意しておかないと満足してくれない。たとえば(1)について、著者の世界観や論旨をしっかり把握していないと、途中で「それは違うんじゃないか」と横やりが入る。私は自分の代読の不備を指摘されるたび、『竜馬がいく』(*)のあるエピソードを思い出していた。

竜馬は、ひょんなことから蘭語を教えて生活している蘭学者・ねずみの講義に参加することになる。他の塾生たちと比べて、講義を聞く態度は不真面目そのもの。いつも末席でふすまにもたれ、鳥のさえずりを聞くかのように蘭語の法律概論の翻訳に耳を傾けていた。つまり、熱心な生徒ではなかったのだ。

あるとき、ねずみがオランダ政体論についての一文を訳したところ、それまで聞くともなしに聞いていた竜馬が言う。「いまの訳、間違うちょります。どこが間違うちょるかわからんが、間違うちょります」と。はじめは「師を愚弄するのか」と怒っていたねずみも、原文を確認すると、自分の誤訳に気づき、竜馬に謝罪する……ねずみが翻訳する蘭語の法律概論を聞いていくうちに、竜馬は自然にオランダの議会制度の本質を理解していて、文法的にどうというわけではなく、その間違いに気づいたのだ。

*司馬遼太郎(1998)『竜馬がゆく<2>』文藝春秋より引用