念のために言っておくが、納税は憲法で定められた国民の義務である。義務を果たすことは社会貢献でも思いやりでも何でもない。にもかかわらず、「納税しているから、社会貢献している」と主張する小金持ちが多いのは、納税や社会貢献の意味が社会的にきちんと理解されていないことの証左であり、その意味でもやはり日本の寄付文化、社会貢献文化は未成熟であるといわざるを得ない。

 なぜ未成熟なのかというと、寄付や社会貢献の「意義」を誰も教わっていないからだ。まあ、社会貢献文化が未成熟だから、教えたくても教えられる人材が少ないという問題もあるが、文化のベースには国民的教育も必要。その意味でもやはり、日本にも寄付教育、社会貢献教育といったものが必要だと思う。

 僕らの世代には、寄付といえば「赤い羽根共同募金」のイメージが強い。学校で半ば強制的に赤い羽根を買わされていたし、学校によっては生徒たちが街頭で売っている。もちろん、そのこと自体は悪いことではないが、問題はそのことの「意義」を教わらなかったことだ。学校や教師によって事情は違うだろうが、寄付することや募金活動の意義をきちんと教わった人がどれだけいるだろうか。おそらくミッション系の学校でさえ、きちんと教えていないと思う。僕もカトリック系の幼稚園に通っていたし、小学校低学年の頃までは日曜学校にも通っていたが、いまにして思えば、「貧しい人たちのために寄付をすべきだ」という宗教的な教義のようなものは教わっても、それ以上の(もっと現実的な意味の)教育を受けた記憶がない。

 教育には学校教育だけでなく、音楽や映画、文学などの文化的な社会教育というものもあるが、その点でも日本は未成熟だ。近年、社会貢献系の書籍や映画がリリースされるようになってきているが、欧米に比べればまだまだ質、量ともに負けている。では、寄付教育、社会貢献教育の意義とは何かというと、それはやはり、「啓発」ということに尽きる。

 たとえば、どこかの団体に寄付をしたり、ボランティアとして協力したいと思ったとき、どの団体にするかを決めるためには、「リテラシー」というものが必要となる。自分はいったい社会のなかの「何に」関心があるのか。環境なのか、地域コミュニティなのか、育児問題なのか、貧困家庭の子どもたちの教育問題なのか、途上国のさまざまな問題なのか――。仮に、育児問題に関心があるとすれば、その問題解決のために有効な(インパクトの大きい)活動をしている団体はどこなのか――。それらをきちんと理解する必要がある。

社会貢献は
「自分を知る」行為そのもの

 さらには、理屈だけではなく、感覚的な理解も必要だ。たとえば、同じ途上国の子どもたちの教育問題に取り組んでいても、団体ごとにテイストも空気感も違う。世の中に女性支援団体も数多いが、僕がプロデュースしている「Girl Power」は、既存の女性団体とはまったく違う空気感を醸し出すようにプロデュースしている。団体ごとに色が違い、色が違えばそこに集まる人たちのテイストも違う。そのような多種多様なNPO、NGOのなかで、自分の感覚、生理にぴったり合う団体を選ぶことが重要だが、そのためにもさまざまな団体を見比べ、団体ごとのミッションや空気感を見極めることが大事だ。