財政拡大志向の「共和党の異端児」

さらに相違点として注目に値するのが、政府歳出規模に対するスタンスである。レーガンが積極的に減税を重視したのは、肥大化した公的部門の関与を小さくするためだ。レーガノミクスにおいては、共和党の伝統的な政策方針である「小さな政府」が徹底されていた。オバマも苦戦したティーパーティ運動のTEAは、「Taxed Enough Already(税金はもうたくさんだ)」のイニシャルだとも言われている。財政をできる限りコンパクトに、そして収支が均衡した状態にする考え方が共和党の伝統なのである。

一方、同じ共和党にもかかわらず、トランプ氏はインフラ投資拡大に見られるように、政府支出を縮小する姿勢を見せてはいない。彼自身、不動産事業などを成功させるなかで、「インフラへの政府マネーは経済成長にとって不可欠」という認識を持っているのだろう。トランプ氏は共和党のエスタブリッシュメント層とはまったく異なる考えを持っており、レーガノミクスのような抑制的な財政政策をとらないと考えたほうがよさそうだ。

最後にもう一つ、レーガノミクスとの違いを指摘するなら、そもそも当時と現在とでは経済状況がまったく異なることを忘れてはならない。レーガンが大統領を務めた1980年代初頭の米国では、インフレ率が10%を超えていた。現在とは逆に、行き過ぎた金融緩和のせいでインフレが加速し、経済が不安定になっていたのだ。

そうした状況下では、金融緩和・財政出動はそもそも不要であり、経済成長を押し上げるためにはむしろ、経済のサプライサイドを強化する施策、すなわち、規制緩和が必要だった。つまり、レーガノミクスが誕生した時代には、経済成長の切り札は規制緩和であり、それと同時に、財政赤字削減とインフレ抑制が必須だったのである。

一方、トランプ政権を取り巻く経済環境は、1980年代とはおよそ別物である。米国のインフレ率は2%にようやく近づいたばかりで、労働市場には依然としてスラック(余剰人員)が残っているため、金融/財政政策による成長サポートが欠かせない。その意味で、トランプ氏が経済政策の軸に「歳出拡大+減税」というメニューを据えたのは、きわめて合理的な判断なのである。

[通説]「本質は減税+規制緩和。レーガノミクスの焼き直し」
【真相】否。財政方針はむしろ真逆。「金持ち優遇」もせず。

村上尚己(むらかみ・なおき)
アライアンス・バーンスタイン株式会社 マーケット・ストラテジスト。1971年生まれ、仙台市で育つ。1994年、東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険に入社。その後、日本経済研究センターに出向し、エコノミストとしてのキャリアを歩みはじめる。第一生命経済研究所、BNPパリバ証券を経て、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニア・エコノミスト。2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして活躍したのち、2014年より現職。独自の計量モデルを駆使した経済予測分析に基づき、投資家の視点で財政金融政策・金融市場の分析を行っている。
著書に『日本人はなぜ貧乏になったか?』(KADOKAWA)、『「円安大転換」後の日本経済』(光文社新書)などがあるほか、共著に『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)がある。