AIの台頭や一層のグローバル化、就活の地殻変動などの影響で到来する「仕事が消滅する時代」。そんな時代に向けて必要な「子育て」とは?「高校生に語りかける」形式が読みやすいと保護者からも話題になっている教育改革実践家・藤原和博氏の最新刊『10年後、君に仕事はあるのか?』の内容から一部抜粋してご紹介する、連載第11回。

やはり「学力」は高いほうがいい

 AI×ロボットに事務処理の仕事が取って代わられていくことはよく知られています。

 では、未来を生きる君たちには、基礎学力は必要なくなるのでしょうか?

 よく言われるのは、知識はすべてネット上に蓄えられるから、もう覚える必要がないし、忘れてしまってもググれば(グーグルで検索すれば)いいということ。あるいは、Siriのような音声認識ソフトに話しかければ何でも教えてくれる未来は近いから、記憶力を鍛えても意味がないという意見です。

 たとえば、コロンブスがアメリカ大陸に到達したのは1492年のことですが、それを「イヨーッ(14)、国(92)が見えた!」なんて覚える必要はもうない、と。

 たしかに、そうかもしれません。

 ただし、コロンブスのアメリカ大陸到達が世界にどういう影響を及ぼし、ヨーロッパの国々の力関係がそれによってどう変化したのか、あるいは、その影響がのちに日本やアジアにどう波及したのかを調べようとするとき、世界史と日本史の基礎知識なしに探索することは不可能でしょう。ググればいいと言っても、ググるときのキーワードや、キーワードの結びつきのイメージは、学力がなければ思いつかないでしょうから。

 さらに、膨大な資料のなかから有用なものを探り当て、優先順位をつけて読み、自分の知識として吸収したり、他人に読ませるものとして記述しようとするときにも学力は欠かせない。

 学力が低いと、図書館よりはるかに膨大なネット上の情報の洪水に押し流されてしまいかねません。

 また、テレビを見ていてもわかると思うのですが、解説がうまいコメンテーターは、池上彰さんの例を挙げるまでもなく、メチャメチャ勉強しています。結局、情報量の勝負なんですね。ディベートで意見を戦わせる場合も、ビジネスの交渉の場面でも、客先でのプレゼンでも、小手先の見せ方ではなく、圧倒的に知識のあるほうが勝つんです。より説得力があるからですね。

 意外かもしれませんが、デジタルで表現する時代になってもそれは変わりません。現にSNSやメールでの文章にその人が蓄積した情報量や教養が現れますし、人の意見をコピペばかりして考えていない人の文章には、浅はかさがにじむものです。

 やはり「学力」は高いほうがいい。